3-(2) 脅迫状

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3-(2) 脅迫状

 総合病院の前に車を乗りつけさせると、俺は急いで助手席から降りた。 「あきら君」  運転していた男が降りて追いかけてくる。 「なんで俺の名前……あ、そか、名乗ったんだっけ」 「あきら君、もっと俺に出来ることはない?」 「無いよ」 「そんな! 俺、君の役に立ちたいんだよ」 「俺の用はもう済んだよ。じゃ」 「あきら君……!」  土曜日だから、病院のロビーに人は少ない。  自動ドアを抜けて入ると、ミコッチがすぐに俺を見つけて走り寄ってきた。 「久豆葉ちゃん、本当に境界線を出られたんだ!」 「うん」 「どうやったんだ?」 「それは後で、友哉は」 「とりあえずの処置が終わって、二階の病室。案内するよ……あれ? あの男は?」 「赤の他人」 「でも」  後ろを気にするミコッチの腕をつかんで歩かせる。 「いいから早く。友哉の顔を見たいよ」  二階の病室へ入ると、友哉の両親と吉野が蒼ざめた顔で友哉の眠るベッドを囲んでいた。ベッドは6台あったが、1台は空いていて残りの4台にはカーテンが引かれている。  俺が小走りに近づくと、友哉の父親がハッと顔を上げた。 「あきら君! 来たのか。怪我は?」 「あきら君、どこに行っていたの? びしょ濡れじゃないの」 「友哉は?」 「意識が戻らないんだ。解熱剤も効かなくて原因が分からないって言われて」 「どうしてなの? 今朝は二人で元気よく出掛けたのに。ハイキングで何があったの?」  俺は迫ってくる二人を軽く押しのけた。 「とりあえず友哉に会わせてよ」  枕元に回り込んで、友哉の顔を覗き込む。  点滴と心電図モニターにつながれているけれど、友哉の顔にはまったく苦痛が見えない。  頬に触れてみるとひどく熱いのに、熱に浮かされるような様子は無くて、呼吸もあまりに静かでまるで魂がここにないかのようだ。 「友哉……」  指を滑らせて、友哉の右耳をなぞる。 『あれ』に喰いつかれて(いびつ)になった友哉の右耳。  俺を守ろうとして、友哉はいつも傷だらけだった。  その傷を見るたびに胸が痛んで苦しくて、でも同時に心のどこかで嬉しいと思っていた。俺のために負った傷は友哉の愛情の証みたいで、その傷が深ければ深いほど俺への愛情も深い気がしていたから。  大事な人のひどい傷跡を見て喜ぶなんて、普通の人間の思考回路じゃない。 獣のような本性を自覚しながらも、俺はこの傷を眺めるたびに、密かにうっとりしていたんだ。
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