3-(2) 脅迫状

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 見回すと、ひとりの若い男と目が合った。 「あきら君!」  俺を車に乗せてくれたあの若い男が、嬉しそうに走り寄ってくる。 「あ、お兄さん、まだいたんだ」 「うん、いたよ。どうしても君の役に立ちたくて」  俺の力には、相手との相性というものがあるらしい。  影響を受けやすい人と受けにくい人、すぐに正気に戻る人といつまでも戻らない人。  この若い男はどうやら相性が良すぎて、なかなか正気に戻れないようだった。 「じゃ、お兄さんでいいや。お兄さん、健康?」 「とても健康だよ」 「それは良かった」  俺は手に持った登山ナイフを鞘から抜いた。よく切れそうな刃がキラリと光る。 「吉野部長、今からもっと怖いものを見ることになるけどいい?」 「え、ど、どんな? まさかその人をこ、ころ……」 「やだなぁ、殺しなんてしたら友哉に嫌われちゃうよ。ちょっと切るだけ」 「ちょっと……?」 「だから、意味が分かんねぇよ! ちゃんと説明をしろ」  ミコッチが怒るように睨んでくる。  俺は二人に向かってニコッと笑ってみた。 「吉野部長もミコッチも、怖かったら今すぐ帰っていいよ。それでも見ているというなら、今からすることをスマホで撮影してくれる?」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  色素の薄い端整な顔立ちの少年が、人懐っこい瞳を細めて画面のこちらに笑いかけている。 「こんにちはー。これは、ある人たちに贈る俺の脅迫状です」  撮影場所はどこか広いホールのようで、声が少し反響している。 「ここは三乃峰市にある三乃峰総合病院のロビーで、そしてこのお兄さんは、さっきナンパしたまったく無関係な一般人です。おいでおいで」  少年がくいくいと手招きすると、20代前半と見られる男がぽうっとした顔で歩み寄ってくる。 「そしてこれは登山ナイフです」  刃渡り10センチ程の柄の黒いナイフを出すと、少年は画面に向かって大きく斜め十字に振ってみせた。 「ここはビュンビュンって効果音を入れたいところだけど、時間が無いのでそのまま配信しますねー」  楽しそうに言うと、指先で刃を持って柄の方を若い男に差し出した。 「はい、持って」 「はい、持ちました」 「じゃぁもう一回聞くよ。お兄さんは健康?」 「はい、健康です」 「ちょっとくらい血が流れても死なないよね」 「はい、ちょっとくらい血が流れても死にません」 「じゃぁ、腕を出して」 「はい、腕を出します」 「えーっと、ここら辺を、深さ1センチ、長さ10センチくらい切ってみて」 「はい、深さ1センチ、長さ10センチで切ります」  若い男は一切の躊躇(ためら)いなく自分の腕にナイフを入れていく。
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