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3-(4) キツネとオオカミ
すぅっと潮が引くみたいに『あれ』の気配が消えた。
攻撃する奴らの弾切れ・エネルギー切れみたいなものなのか、それとも俺の説得が効いたのか。
「久豆葉あきら」
枯れたような、低い男の声が思ったより近くから聞こえた。もっと敵愾心をむき出しに来るのかと想像していたけど、意外に落ち着いた声だった。
「もういいよ、どいて」
俺達を守る肉壁に声をかけると、覆いかぶさっていた彼らはすっと離れ、操り人形の糸が切れたみたいに全員その場にぱたぱたと崩れ落ちた。
体を起こすと、病室内の惨状が見えてくる。体中血まみれ傷だらけの人間が、部屋中にみっちりと折り重なっていた。ざっと見た限りでは呼吸をしているようだったが、ここにいる全員が無事に生きているかどうかは怪しいと思った。
赤の他人が死んだとしても、俺の心は痛まない。けれど、友哉にこの光景は見せられないな……。
「あんたが、俺と友哉を御前市に閉じ込めていた張本人なわけ?」
そいつは黒いタートルネックの上に黒いジャケットを羽織った、ギスギスに痩せた長身の男だった。開けっ放しの引き戸の枠に寄り掛かって、青白い顔でこっちを見ている。四十代くらいの見た目で、なぜか頭に包帯を巻いていた。
「ああ……私だ」
「あんたひとりで?」
「いや、違う……。だが私は大賀見の本家から見捨てられた」
「本家? 何それ、由緒正しき名家か何かなの?」
「表向きは」
「表向き……ってことは裏向きの顔もあるんだ?」
「ああ。この地域の土着の信仰に根付いた、憑き物筋の家だな」
「つきものすじって何?」
「それは家系に取り憑き、莫大な富と繁栄をもたらすものだが、その富は無から作り出されるものではない。敵対する者や邪魔な者から常に搾取し続けなければ保てない種類の、富と繁栄だ」
「んんーっと、まわりくどいな。もうちょっとくだいて言うと?」
「大賀見の本家が信仰しているのは神じゃない。魔物だ」
「魔物……どんな魔物?」
男はためらうように少しの間だけ黙ったが、結局小さくそれを告げた。
「狼」
「へぇ……狼か。……俺達に噛みついてきたのは、ワンちゃんじゃなかったんだね」
俺は笑ってみせたが、男は笑わなかった。
「……なんで俺を攻撃してくるの?」
「お前が、良くないものだからだ」
「わぁ、曖昧な理由」
「…………お前が、大賀見家の当主と狐の女の間にできた子供だからだ」
今度は具体的すぎる内容にびっくりして、茶化すような言葉がとっさに出てこない。
「わぁ……そうなんだ」
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