3-(4) キツネとオオカミ

3/6
前へ
/370ページ
次へ
「私の名は雪華(せっか)……雪に難しい方の(はな)で雪華だ」 「名前なんて聞いてないけど?」 「術者が本名を明かすのは、相手に対する服従の意味がある」 「へぇ、服従か」  男はその場で深々と頭を下げた。 「私は、大賀見の本家より久豆葉あきら様への貢ぎ物だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」 「みつぎもの」  俺はきょとんと男の頭を見下ろした。  思っていた展開とは、ちょっと違うようだった。  大賀見の家というのは、別に正義の味方でもなく救世主でもないと雪華は言った。ただこの地域に古くから根を張っていて、この地域の有力者と癒着して、この地域の安定と平和を守って来ただけの古い土着の家なのだという。  だから、俺を退治出来るなら退治するし、出来ないなら神のように祀りあげて鎮まってもらおうという方針らしい。 「日本人というものは、(たた)りをなす怨霊を神として(あが)め神として鎮めて来た民族だ。『久豆葉あきら』という大妖狐とこのまま全面抗争を続け、いずれ勝利し滅することが可能だとしても、その時に大賀見の家が存続していなければ意味が無いと判断された。ゆえに俺を貢ぎ物として差し出すことが決定された」  雪華の話し方はいちいちもったいぶっていて、分かりにくい。 「えーっと、つまりそいつらにとって俺は怨霊並みに怖いものという扱いで、雪華は俺に鎮まってもらうための生贄ってこと?」 「ああ、その通りだ」  怪我人は全員ロビーへ運び出され、そこで野戦病院さながらに治療が行われているようだったけど、新しく用意されたこの病室だけは静かだった。  さっきと同じ造りの広い部屋に、窓を叩く雨音だけがリズミカルに聞こえている。  吉野も友哉の両親も、俺の叫びに反応していつのまにか肉壁役に交じってしまったらしい。群衆の中から見つけた時には、噛み跡だらけで気絶してしまっていた。  ミコッチは群衆に飲み込まれて腕を骨折してしまっていたけど、三人の付き添いを頼んだら引き受けてくれた。なんだかんだ言って、ミコッチはお人好しだ。 「なんで貢ぎ物の生贄があんなえげつない攻撃してきたのさ。めっちゃ犠牲者出てるじゃん。この地域を守ってきた家が、そんなことしていいわけ?」 「さっきも言ったはずだ。最後の悪あがきだと。大賀見の本家は私にお前の始末を命じておきながら、それが無理だと分かると私ひとりを切り捨てることにしたんだ。万が一にでもお前を殺せれば、自由になれると思ったんだが」 「ふうん……。でも生贄って普通美少女なんじゃないの? 雪華みたいにくたびれてボロボロのおっさんをあげるって言われてもなぁ」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加