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雪華は次に友哉の左耳に口を寄せて、また何事かを囁き始める。
友哉の顔に変化は見られない。
俺が凝視する中で、雪華は右の人差し指を自分の唇の上に置いて、また何かを囁き始めた。
必死に耳をそばだてると、『この息は神の息』というフレーズだけが聞き取れた。
「倉橋友哉、安心して戻って来なさい。あなたの体はここにある」
慈愛に満ち溢れた優しい声で言うと、雪華は友哉の顎を持ち、静かに口を付けて息を吹き込んでいく。
春の庭からピンクの花びらが舞って、そのいくつかが二人の上にはらはらと落ちた。
雪華が友哉から口を離すと、友哉のまぶたがピクリと動き、まつげが震えた。
「友哉……!」
「もう少し待って」
駆け寄ろうとする俺を、雪華が手で制する。
「風は凪ぎ、窓は閉められる。北の窓、西の窓、南の窓、東の窓……すべての窓は閉じられて、庭ははるか向こう側へ……」
雪華の言葉通りに庭がひとつひとつ消えていき、すべて消え去った後には元通りの病室が戻って来ていた。雨音がやけにはっきりと聞こえて来る。
「どうぞ、あきら様」
雪華は友哉からすっと離れ、俺は友哉の体にすがりついた。
「友哉、友哉!」
「ん……」
まるで昼寝から起こされた時のように、友哉は少し顔をしかめてから目を開いた。
「友哉、大丈夫? 友哉」
「あれ……あきらか……?」
「うん、俺だよ。あきらだよ。友哉、体は? どこもなんともない?」
「んん……」
友哉は視点が定まらず、寝惚けているかのようにぼうっとしている。
「友哉、分かる? 起きられる?」
「あきら……」
友哉の右手がゆるゆると持ち上げられる。俺はその手をぎゅっとつかんだ。
「どうしたの、友哉。どっか痛い?」
友哉はぼんやりとした顔のまま、首を振った。
「なぁあきら、どうしてこんなに暗くしているんだ?」
「え?」
外は雨のせいで薄暗いが、まだ夕方だ。
部屋の中にはLEDの照明がついている。
友哉はうーんと伸びをして、きょろきょろと首を回した。
「ここどこだ? 電気付けてくれよ、あきら」
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