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口を押えたまま動かずにいると、あきらの寝息はまだ静かに続いているようでほっと息を吐いた。
ここはどこだろうか。
自分の家でもないし、病院でもないと思う。
柔らかな布団の感触から判断すると、お客さん扱いをされている気はするけど。
すぅっと鼻に息を吸い込むと、柔軟剤の匂いのようなものに混じって何となく青っぽいような匂いを感じた。懐かしくて、何度も嗅いだことのあるような匂い。これは何の匂いだっけ。
「あ……畳……?」
敷布団を指先で撫でながらその先へ手を伸ばすと、畳の感触があった。思った通りで少し嬉しくなる。見えなくてもひとつ分かった。この部屋は畳が敷いてある和室だ。
一筋の光も見えない真っ暗闇の世界でも、すべてが真空に呑まれたわけじゃない。見えないだけで世界はちゃんとそこにあって、俺の近くにあきらはいるし、畳の香りは青っぽいんだ。
ちょっとだけ勇気が出てきて、俺は四つん這いで畳の上に出てみた。片手を前に出し、赤ん坊のようにゆっくりとハイハイして少し進むと、手に何かが当たった。両手で触って確かめると格子のようになっていて、軽く力を入れただけでぷつりと破けてしまった。
「やば……」
これは障子で、俺は障子紙を破いてしまったらしい。
後で謝ろうと思いながら、その障子の取っ手を指先で探し出して横へ開く。
ふいに、銀色っぽい影がぶわっと目の前を走り抜けた。
「え……?」
驚いて身を乗り出し、影のいなくなった方を向いても、もちろん視界は真っ暗で何も見えない。
瞬きして首を傾げる。
見間違いだろうか?
けれど、盲目の身に見間違いということが起きるものなのかな?
「友哉、起きたの」
後ろからの声にぱっと振り向く。
振り向いてもあきらの顔を見られないことに、ドクンと心臓が跳ねた。
「……おはよ、あきら」
多分こっちだろうという方を向いて、ちょっと無理して笑ってみる。
「友哉、俺が分かるの?」
「そりゃ声で分かるよ」
「そっかぁ。おはよう、友哉……」
万感のこもったしみじみとした挨拶に俺は首を傾げた。
「俺、どのくらい寝てた?」
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