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「えっとね、ここは結構広い日本家屋で、俺達が寝ていたのは中庭に面した八畳の部屋なんだ。で、その隣にも八畳の部屋があるから、部屋の前にある廊下を今から歩くからね。で、突き当りを左に曲がると洗面所とトイレとお風呂があるから。そこまでゆっくり行こう」
俺はこくりとうなずいた。
「めっちゃゆっくりで頼む」
「オッケー、めっちゃゆっくりね」
俺の両手を引きながら、あきらは後ろ向きにそろそろと進んでいく。
俺は足を浮かせるのも怖くて、ずりずりとすり足で進んだ。多分、歩幅は10センチくらいしかない。
両手を引かれて歩きながら、今の自分がどう見えるのか思い浮かべてみた。
あんよがじょうず、あんよがじょうず、と母さんの声が聞こえてきそうな体勢だ。
「俺ってまるで赤ちゃんだよな……」
あまりに自分が情けなくて、またじわりと涙が滲んでくる。
でも、それが雫になる前にあきらがすすり上げるのが聞こえてきて、すっと涙が引っ込んだ。
「あきら、俺より先に泣くなよ」
「泣いて、ない……」
「あきらってこんなに泣き虫だったっけ?」
「だから、泣いてないって」
否定する声が震えてしまっている。
俺より先に、俺のために泣く親友がいる。
倉橋友哉という男は本当に幸せ者だと思う。
顔を上げて微笑んでみた。
目を合わせることは出来ないけど、あきらはちゃんと目の前にいる。
「俺、これからもあきらのそばにいていいのか」
「当たり前じゃん。一生そばにいてよ」
間髪入れずに言われて、ちょっと笑ってしまう。
「ははっ、一生は大げさだな」
「そんなことないよ! 俺は友哉と死ぬまで一緒にいる、死んでからも一緒にいるもん」
「ええ、何だよそれ」
「友哉。死んだら俺と一緒に地獄へ行こうね」
「おい、なんで地獄一択なんだよ」
「えー、面白そうだから?」
「むちゃくちゃだな、あきらは」
「だって、鬼とかいて楽しそうじゃんか」
くだらないことを言われて笑ったら、なんだかちょっと気が楽になった。
どんなに暗い夜道でも、あきらと二人で行くなら怖くないのかもしれない。
ひとりじゃなくて良かった。
あきらがそばにいてくれて良かった。
つないだ手の温かさがじんわりと心に染みてきた。
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