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4-(2) あきらがいるだけで
顔を洗うのには何の問題も無かった。でも、トイレはちょっと難しかった。
「あきらが男で良かったよ。こんなこと女の人に相談できない」
「ほんとだね」
今まで何の気なしにやっていたことが、見えないだけで失敗しそうだから嫌になる。例えば便器にちゃんと命中させられるかとか、そういうことだ。万が一にも粗相をしてしまったらと考えると、どうにもこうにも恥ずかしくて困ってしまった。
「世の中には座ってする人もけっこう多いみたいだよ。特に綺麗好きの人とか。飛び散らなくて掃除が楽なんだって」
「な、なるほど」
手を洗う俺のすぐ後ろであきらは待っている。
濡れた手をさまよわせていると、すぐに気付いてタオル掛けに触らせてくれた。
「今度は廊下を回って中庭の向こう側へ行くね。キッチンとダイニングがあるんだ」
「広い家なんだな」
「うん、平屋建てのお屋敷で、大きな書庫とか応接間とかもあるよ。あっち側にはおじさんの使っている洋室とお風呂とトイレもあるんだ。家政婦さんも毎日来るから紹介するね」
「おじさんって?」
また両手を引かれてヨチヨチと進みながら聞くと、あきらは軽い口調で言った。
「うん、俺の親戚のおじさん。俺のお父さんの従兄らしい」
「は? お父さん?! って、誰か分かったのか?」
「うん、分かったけど会ってない。ていうか、会いたくないんだって」
「なんで?」
「えっとなんて言うんだっけ、隠し子っていうか、庶子っていうやつ? つい魔が差して浮気して出来ちゃった子だから、まぁ生活費は出してくれるみたいだけど、認知もしたくないんだって」
「そんな……」
あまりに明るく言われてしまって何と言えばいいか分からない。
「跡継ぎ問題とか色々あるらしいよ。古い家だから」
「跡継ぎって……由緒正しい旧家とか、そういう家なのか」
「そうそう、俺ってそこの嫡男より年上らしくて、お家騒動を引き起こしかねない存在なんだって」
「なんだそれ、お家騒動? 2時間ドラマみたいだな。連続殺人とか起きないだろうな」
軽い冗談のつもりで言ったら、もっと恐ろしい事実を教えられた。
「殺人は起きてないけど『呪い』をかけられちゃった」
「え」
俺はびっくりして足を止めた。
「え? じゃ、じゃぁ俺達を襲ってきた『あれ』って」
「うん、俺の存在を邪魔に思っている一族の誰かが、家に伝わる古い呪いを俺にかけたらしいんだ。でも大丈夫、この家の中は安全だよ」
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