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見えないということは頭では分かっているのに、つい見ようとしてしまう。当たり前のように視界は真っ暗で、どこに何があるか分からない。
匂いは……おいしそうな匂いだ。トーストと、あとはトマトっぽい香りがするけど何だろう?
「友哉」
横で椅子が動く音がしたかと思うと、あきらが立ち上がってきて俺の手を取った。
「えっとね、これがミネストローネのお皿で、こっちはパンがあってバターと苺ジャムとマーマレードがあるよ。あと、奥にお皿があって……」
と、奥の皿の縁に俺の指先を触らせる。
「このお皿にはスクランブルエッグとウインナーと、付け合わせのサラダが乗っている。あと、その奥に、ええとこれなんのフルーツだろ? 分かんないけどヨーグルトに小さくカットしたフルーツが乗っているのがあって、あとオレンジジュースのコップがある。それから、コーヒーでもお茶でも欲しかったら言ってね。えっと、パンにバター塗ろうか? ジャムがいい?」
「あ、バターで……」
「うん、バターたっぷり塗るね」
さっきは、ただ歩くだけでも俺にはハードルが高かった。食事はもっと難易度が高い。俺はこれからどれだけあきらに迷惑をかけるんだろうか。本当にこのままそばにいていいんだろうか。
「友哉、そんな顔しないで」
「え」
「俺、友哉がいなかったらホラーの世界に真っ逆さまだよ。一緒にいるから最強なんでしょ」
その声が不安そうに震えていた。
そうだ、あきらは呪いをかけられるぐらいに血縁から疎まれているんだ。血はつながっていなくても、あきらの兄は俺だ。近しい存在は俺しかいないんだから、しっかりしないと。
「あきら、スプーンはどこ? スープ飲みたいな」
出来るだけ気楽な声を出して、あきらを頼った。
目が見えなくても立派に生きている人はたくさんいる。弱気になっている場合じゃない。この状態に早く慣れて、あきらの負担を減らしていかないと。
「はい、スプーン」
「サンキュ」
「俺があーんしてあげよっか」
「やめろ、自分で飲むから」
慌ててスプーンを皿に入れると、液体が跳ねて顔に当たった。
「あ」
しまった、服もテーブルも汚れたかもしれない。
「はい、ふきん」
「あ、ありがと」
「俺が拭いてあげよっか」
「い、いや、自分で拭くって」
スプーンやフォークの先に伝わる感触だけで使いこなすのは難しい。口に持って行くまでに中身を落としてしまい、空のスプーンやフォークを口に入れることも何度もあった。
あきらに介助されながら、俺はいつもの何倍も時間をかけて食事を取った。食べ始める前はお腹が空いていると思っていたけれど、途中で疲れてしまっていつもの半分ぐらいしか食べることが出来なかった。
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