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4-(3) きれいな人
「今まであきらを守ってくれてありがとう……って、あんたは役者かよ。すげぇいい声で言ってたよね」
俺は雪華の書斎の机にある回転いすに座って、くるくると回った。
「そっちこそ、ぺらぺらと嘘八百を並べ立てていたじゃないか」
雪華はギシギシ音を立てそうな痩せぎすの体で、机の端に寄り掛かった。一つしかない椅子を俺が占領したからだ。
「だって言えるわけないじゃん。俺のお父さんは狼憑きの家の当主大賀見道孝で、お母さんは久豆葉ヨウコという狐のあやかしでーす、なんてさ」
まだ8時を過ぎたばかりだが、窓から見える広い和風庭園は月も無く暗い。
「病院であったことも全部隠し通すつもりなのか」
「うん、言わない。友哉をホラー映画の世界に引きずり込みたくないし」
「お前のような魔物に囚われている時点ですでにホラーだろう」
「大丈夫。死ぬまで気付かせないから」
「今日の陳腐な説明ではいずれ矛盾が出てくるぞ」
「かもね。でも友哉は俺を疑わないだろうし、そうなったらユキヒコおじさんが疑われるかな?」
俺はおどけて雪華にウィンクした。
黒尽くめで痩せぎすのおっさんが、落ちくぼんだ目をこっちに向けてくる。
雪華の戸籍上の名前は大賀見雪彦というらしい。
どっちにしても死神みたいな姿にはまったく似合っていない名前だと思う。
その死神の口が開いて、枯れたようにかすれた声が出た。
「友哉君は、今どうしている?」
「友哉くん?」
「あの子の名前は友哉だろう」
「そうだけど……」
「気に喰わないなら倉橋君と呼ぼうか」
「どっちだっていいけど……。友哉はもう寝ちゃったよ。見えないことってすごいストレスみたい。一日中神経を張りつめさせていたから、布団に入ったら電池が切れたみたいに秒で落ちたよ」
「そうか……」
雪華はその暗い目を中庭へ向けた。
中庭の向こうの、友哉のいる方へ。
「それよりずっと気になってたんだけど、この屋敷って『あれ』の気配がするよね。首筋ピリピリして嫌なんだけど」
「『あれ』とは我々の使う式狼のことか」
「そ、十年間ずっと俺達に差し向けられてきたあの犬っころ。俺まだ狙われてんの?」
「いや、この期に及んでお前に式を飛ばす者なんて一族にはいないはずだが」
「あんたは?」
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