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「呼び出すことは可能だが、私はもう『あきら様』には逆らえない」
「様なんて付けなくていいよ、気色悪い」
「そうか」
「雪華はほんとに俺に逆らえないの?」
「なぜそう思う」
「他の人間みたいに目がとろけていないから」
「必死に正気を保っているんだ。気を抜くと、あの動画の男のように人形みたいな受け答えしか出来なくなる」
「ふうん」
俺はふと思いついて、ぴょんと椅子から飛び降りた。
「そうだ。今呼び出してみてよ。俺、式狼ってやつをちゃんと見てみたい」
雪華は困惑した顔をしたが、しぶしぶと言うように部屋の中央へ立った。
「もう二匹しかいないんだ。潰さないでくれよ」
「潰す? 俺にそんなこと出来るの?」
「おそらく……。式狼は私に絶対服従だ。そして私はあきらに絶対服従だ。あきらが命じれば、どんなことでもさせられる。同士討ちをしろとか」
「ああ……なるほどね。そんな悪趣味な命令はしないよ」
半分あやかしだからといって、残酷なことを好むわけじゃない。
「早く見せて」
雪華は小さくそれの名前を呼んだ。
「叢雲、碧空」
ゆらりと空気が揺れて銀色のものが滲んでくる。ぼんやりしたそれは、まるでカメラのピントを合わせるような感じで徐々にクリアになり、やがて二匹の狼になった。雪華の腰くらい体高のある銀色の立派な狼だ。
「おおー、でかい。名前を呼ぶだけで出てくるんだ?」
「いざという時に長い呪文を唱えていられないだろう」
「ふうん。襲われている時は無我夢中でよく見えなかったけれど、ちゃんと見るとかっこいいね」
風も無いのに銀色の毛並みはゆらゆらと揺れ続け、その瞳はぼうっと緑に光っている。
思わず、ほうっと息が漏れた。
「俺、こんなのに噛まれてよく生きていたよなぁ」
たった一噛みで首がちぎれそうなほどの大きな口と牙だ。
「術者の近くにいる時が一番大きく力も強いんだ。術者から離れれば離れるほど、小さくなって力も弱まる。今までは結界の外から式狼を飛ばして襲わせていたからな。威力は十分の一以下になっていただろう」
「へぇ……」
「それに」
雪華はまた中庭の方をちらりと見た。
「それに、友哉君が常に寄り添ってくれていたことも大きい」
「うん、友哉はいつでも俺を庇ってくれたよ」
体中傷だらけになっても平気な顔をして、当たり前みたいに俺を守ってくれた。
「友哉は自分よりも俺を大事に思っているから」
俺が自慢するように言うと、雪華はため息を吐きながら首を振った。
「あきらは、それがどれだけのことかよく分かっていないようだな」
「なに? 意味ありげにもったいぶった話し方をするなよ」
「友哉君は多少の霊感はあるんだろうが、普通の人間だ。普通の人間がどうやってお前を守って来たと思う?」
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