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「早苗さんはいつから、どこまで知ってたの?」
「二ヶ月ほど前、私が接触してすべてを教えた」
「どうして」
「呪詛の入った木箱を渡すためだ」
「呪詛……」
「式狼をいくら飛ばしてもあきらを殺せなかった。起死回生の一手として、当主に命じられて呪詛を作ったんだ」
二ヶ月前というと、俺達が救急車で運ばれて、早苗さんが失踪した頃だ。
「そうか、あの、黒い箱……」
「そうだ。あれは非常に強い呪詛だったが、それでもお前は死ななかった」
「友哉が来てくれなかったら死んでたよ。雪華は本気で俺を殺そうとしたんだよね」
「あの時は、そうだった。まだあきらと会ったことが無かったし、友哉君とも……会っていなかった」
「ふうん。じゃぁ、あの白い箱は何のため?」
「白い箱?」
「うん、臍の緒の封印」
雪華はぎょっとしたように目を見開いた。
「なぜそれを? 本家に保管してあるはずだが」
「早苗さんが持ってたよ。つかもうとっくに早苗さんが開けちゃったけど」
「早苗が開けた……? なぜだ? いったい誰が? なんで彼女にそれを?」
「俺は知らないよ。あの人はもう逃げちゃったし」
雪華が驚いた顔で俺を見ている。
「あの封印が解かれてしまったらお前は本物の化け物になると思っていた」
「はは、病院で起こした騒ぎを見ても、俺はまだ本物の化け物じゃないって?」
「ああ……あの惨状は確かにひどかった。だが、友哉君にすがりついて泣いていたお前は、まるで年相応の人間の子供のようだった」
俺は肩をすくめ、そのまま床にあぐらをかいた。
銀色の狼が左右から近づいてきて、体を擦り寄せて来た。
「うわ、なに」
「叢雲も碧空もあきらが気に入ったらしい」
「え? 狼って狐と仲いいもの?」
「本来は違う。狼は狐を追い払う力を持ち、狐は狼を嫌う。だが、あきらには大賀見の血も流れているからな」
「ええと、名前なんだっけ」
「叢雲と碧空だ」
「むらくも、へきくう」
呼んでみると、鼻をクンクンさせてまた体を擦り付けてくる。
この凶悪そうな牙を持つ狼が、幾度となく俺達を襲ってきた『あれ』の正体だと分かっても、こうやって懐かれればかわいく見えてくるから不思議だ。
俺はそっと毛皮を撫でてみた。指先には滑らかな感触が伝わってくるのだが、同時にぞわぞわと寒気がした。触ってはいけないものに触っているような、おかしな感覚だった。
近くに来ると、ハッハッと息の音まで聞こえる。
「息をしてる……。え、生き物なの?」
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