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「あ、ごめん。急に男二人で来て怖かったかな。安心しろ、少し離れるから」
俺はあきらの腕をぽんと叩いて、一緒に少し下がった。
「俺は友哉、こっちはあきら。君に何かするつもりは無いんだ。少し話せないかな?」
―― うぅ……。
女の子は顔を伏せたまま泣き続けている。
「ええと、せめて名前だけでも教えてくれないか」
―― うっうっ……うぅ……。
すすり泣く声が少しずつ大きくなっていく。
「ごめん、怖いだろうけど、よければ顔を上げて……」
「うわー、やだやだ、もう耐えらんない」
耳元であきらの小さな声がする。
「怖いよこのシチュエーション。顔を上げたらのっぺらぼうとかないよね? 口が裂けてたり、目玉が無くて血だらけだったりしないよね?」
「おい、あきら」
「怖い怖い怖い怖い、泣いている少女なんてホラーすぎる。あっちに行こうよ」
俺はため息をついた。
きっと本当に怖がっているのはこの女の子の方だろうに、怯えているあきらの声を俺は無視できない。子供の頃からずっと、俺はあきらに甘えられると弱い。
「分かった……。他の人にも話を聞いてみようか」
「う、うん。行こう、すぐ行こう」
「君、また来るから」
女の子に声をかけてから、俺はあきらに抱えられるようにしてその部屋を出た。
羽交い絞めにするようにがっちりとくっつかれて、さすがに暑い。
ふぅ……と、思わず息を吐く。
「ごめん、もうちょっとこうしていて」
「うん、いいけど」
何かを警戒するように緊張していたあきらが、急に腕の力を抜いた。
「はぁ……やっとちょっと、一段落、かな」
疲れたように言って、抱きついていた腕をはずす。
「幻覚、消えたのか」
「ほとんどね……残骸があるけど」
そう言いながら、俺の右手に腕をつかませる基本の姿勢に戻った。
「ほんとヤラシイよ、この場所の呪いは。俺の一番怖いもの見せてくるんだから」
「怖いものって?」
「うーん、友哉が……」
「俺が?」
「友哉が、俺の味方じゃなくなること」
俺はぷっと噴き出した。
「そんな有り得ないことを怖がるなよ」
「えー、有り得ないって頭では分かっていても怖いものは怖いじゃん。友哉だって、もしも俺が裏切って襲ってきたら恐怖だよー」
「あきらが、裏切る?」
「ほらー、有り得ないことでも想像してみたら怖いでしょ」
俺は曖昧にうなずいた。
そういう場面を想像してみても、何も怖いと思わなかった。
あきらが俺を裏切るとしたら、あきら自身は無事なんだろうし、それは俺にとって恐怖でもなんでもないからだ。
「今もまだすごく嫌な感じなんだけど、こうして触っていればここにいる友哉が本物の友哉だって分かるから」
「そうか。とりあえず、行けるか?」
「うん、ドア、開けるね」
「ああ」
「では。いざ……」
あきらはすーっと息を吸った。
「いざ参る!」
なぜか武士みたいな気合のこもった声を上げて、あきらはガチャリとドアを開けた。
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