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雪華はよろめいて後ろへ下がり椅子に足をぶつけた。
「は? そんなわけが……」
「性的対象っていう意味じゃないよ。でも、雪華はあの日、あの病室にいた。視力を失ったばかりの友哉がどんな表情で何を言ったのかを全部見ていた。だから強烈に魅かれたんでしょ。友哉の美しさが幻なのか、それとも本物なのかを知りたくなった。違う?」
雪華は観念したように両手で顔を覆い、はぁっと息を吐いた。
「違わない……」
雪華は顔を覆ったままで、両手の隙間から絞り出すような声を出した。
「私は、あんなにきれいな人間を、初めて見たんだ」
俺は中庭の向こうへ目をやった。
「うん、友哉はきれいだよね」
十年以上もずっと、あの混じりけの無い愛情を受け取って来た。
独占欲や性欲の混じっていない、きれいなきれいな感情を。
「あげないよ」
「欲しいわけじゃない」
「じゃ、なに?」
「守りたいと思っている」
「俺みたいな化け物から?」
「そうじゃない。二人ともだ」
俺はきょとんと雪華を見上げた。
「へぇ……意外」
「意外でも何でもない。友哉君のきれいな想いの先にいるのは久豆葉あきらだ。わたしはそれごと守りたいと思った」
雪華が足を引きずりながら近づき、俺の前に跪いた。
「私は二人を守るために何でもする。大賀見家によって貢ぎ物にされたからでもなく、あきらの力で支配されたからでもなく、自分の意思でそうしたいんだ。そうさせてくれ」
俺の左右にいた狼も、伏せるように体を低くした。
「二人を守る、か。じゃぁひとつ重要なことを決めよう。俺と友哉のどちらかひとりしか救えない状況に陥った時は、どちらにも手を出さないでね」
雪華がよく分からないと言うように眉をしかめた。
「友哉君を優先しろとは言わないのか?」
「はぁ? それで俺が死んだ後、雪華と友哉が仲良く一緒に生きていくの? そんなことになるくらいなら俺と友哉で一緒に死ぬ方がましだよ」
少しの間考えるように黙っていた雪華は、ひきつるように少し笑った。
「そうだった……。お前は人間のような考え方はしないのだったな」
「そ、だから雪華には二人一緒に助けるっていう選択肢しか残ってないから、忘れないでね」
雪華がまた黙る。
「なぁに? 守るのやめる?」
「いや、あきらは友哉君をどうしたいんだ?」
「どうって、別にどうともしないけど」
「どうとも……」
「うん、今まで通り俺のお兄ちゃんでいて欲しいだけ」
「そうか」
「そうだよ」
雪華の薄い唇がほんのかすかに笑ったようだった。
「かしこまりました。何があっても、二人をお守りいたします」
跪いた状態からさらに頭を下げ、雪華は土下座のような恰好で誓いを立てた。
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