4-(4) 銀色の影

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「うん、歩く。けどゆっくりで」 「分かったー。では、コホン」  わざとらしい咳払いをしてから、あきらは突然高らかに宣言した。 「ドラゴンハンター、今日もゆく! 目指すは遥か洗面所、速度はゆっくり、いざ参る!」  ドラゴンハンターのナレーションのセリフだった。 「はるか洗面所って……」 「タラタラララララーン、タララータ、タタラタラー……」  ぽかんとする俺を誘導しながら、あきらはドラゴンハンターのテーマソングを歌い始める。それが笑っちゃうくらいに美声だ。  俺は噴き出しそうになるのをこらえて、あきらについて歩き出した。数歩進んで障子を開く音がして、廊下に出て、左へ曲がる。  あきらはご機嫌で歌い続ける。  俺も一緒になって同じメロディーを口ずさみながら、洗面所までの冒険の道を進んでいった。 「とうちゃーく!」  あきらの声が響いて、行進が止まった。 「もう着いたのか?」  すんなりと歩けて自分でも驚く。 「うん、昨日の3倍は速かったね」 「なんかびっくりだ。あんまり怖くなかった」 「ほんと?」 「ほんとほんと。基本姿勢ってすごいな」 「てれれってれー、友哉とあきらのレベルが上がった」  またゲームの真似をしてあきらが言うから、俺は大きく噴き出した。 「あはは、ほんとだな」  俺もゲームの真似をして言ってみる。 「てれれってれー、友哉はレベルが1上がった。友哉は基本姿勢を覚えた。友哉は度胸が付いた」  あきらの声が嬉しそうに続く。 「あきらはレベルが1上がった。あきらは基本姿勢を覚えた。あきらは歌のレベルが3上がった」 「上がったか?」 「上がった上がった、ローレライくらい」 「船を遭難させちゃダメだろ」 「んじゃセイレーン?」 「ほとんど同じだ」 「同じだっけ?」 「同じだろ?」 「じゃぁ海坊主」 「それもう歌関係ない」 「いや歌う。ひしゃーくでいっぱいつーぎましょかー」 「それって船幽霊じゃなかったか?」 「そうだっけ?」 「やっぱり船沈める気満々だろ」  くだらないことを言いあって笑う。  目が見えなくてもあきらとの距離感が変わらなくて安心する。 「はい、友哉、こぶしコツン」  言われてこぶしを握って宙に掲げる。あきらがそこにコツンと手をぶつけてきた。指同士をぐっと握って、手をパチンと合わせる。  コツン、グッ、パチン、友情の合図。  たとえ見えなくても、十年一緒にやってきたことだから息もぴったりだ。
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