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俺達は交代でトイレに入ってから、交代で顔を洗った。
あきらが顔を洗っている間、俺は中庭に面したガラス戸の枠に手をついていた。あきらがここで待っているようにと、俺の手を誘導したからだ。どこにも触れずに立っていると、なぜか体がふらふらしてしまうので、指先のひんやりとした感触だけでもありがたい感じがした。
俺達が寝起きしている和室の外には幅の広い廊下があって、その外は全面ガラス戸になっていて、ガラス戸を開けると廊下と同じ高さの縁側があるらしい。
中庭は四季を表す和風の庭園になっていると雪彦が教えてくれた。桜の木や鯉のいる池もあるような広い庭だけど、雑草みたいな地味な植物がいっぱいで、いまいち良さが分からないとあきらは言っていた。
昨日は少し歩くだけでも怖くて体が硬くなったけれど、あきらがそばにいてくれるだけでやっぱり些細なことでも楽しくなる。
「なぁ、あきら。朝ごはんの後、中庭を散歩しようか」
あきらのいる方に顔を向けようとした時、ふいに銀色の影が目の前をぶわっと通り過ぎた。
「え」
影の向かった先に急いで首を巡らし、俺はぎくりと体を硬直させた。
「あ…………」
驚きすぎて言葉が出ない。
―――――――― 見える。
銀色の何か。
昨日見たもの。
やっぱり見える。
勘違いじゃなかった。
本当に見える。
頭の中がぐるぐる混乱する。
俺は息を呑んで、見えないはずの目を見開いた。
何も無い真っ暗な世界に銀色の生き物がぼうっと浮かんでいる。
「犬……?」
大きな犬のような何かが離れた位置にいる……ような気がするけれど、他のすべてが見えないからすぐ近くにいるのか、遠くにいるのか、うまく距離感がつかめない。
でも、見える。そして犬も俺を見ている。
「あ、の……」
「おまたせー」
あきらの元気な声が背後から聞こえた。
「友哉? どうしたの?」
動けない俺にトタトタと軽い足音が近づいてきて、次の瞬間ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
いきなりがばりと後ろから抱きかかえられる。
「雪華! 雪華、来い! 襲撃だ!」
あきらが叫ぶ。
バタンとドアの開く音がする。
「叢雲! 碧空!」
雪彦の声が聞こえたと思ったとたんに、俺とあきらの前に二匹の大きな犬が現れた。
「え……え、どうして?」
また見える。
銀色の大きな犬、二匹。
向こうにいる一匹の方が、ずっと体が大きいようだけど、新しく出て来たこの二匹は俺達を守るように立ちはだかっている。
「この期に及んで式を飛ばす奴はいないんじゃなかったのか!」
あきらが怒鳴り声をあげ、俺を抱えたままでずりずりと後ろへ下がっていく。
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