4-(5) どこまで隠すか

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4-(5) どこまで隠すか

 どこまでを告げて、どこまでを隠すか。  友哉にすべては(さら)け出せない。  一乃峰や鹿塚山でファンクラブの女達が遭難したことも、命令ひとつで男に腕を切らせたことも、大勢の人間を肉壁として使ったことも、巻き添えで友哉の両親や吉野、ミコッチが怪我をしたことも、全部友哉には教えられないことだ。  俺の望みは今まで通りに友哉に愛され続けること。  だから俺を怖がらせてはいけない。  俺に疑いを持たせてもいけない。  本性を見せてはいけないんだ。  ダイニングでは叢雲と碧空が周囲を警戒するようにのっそりと歩いていた。 「悪いね。怖いかも知れないが、佐藤さんと山田さんには聞かれたくない話だから見張らせているんだ」  二匹を目で追いかける友哉に、向かいに座った雪華は言った。  戻ってきた時には意気消沈という顔をしていたから、結局、銀箭(ぎんせん)とかいう狼には逃げられてしまったらしい。 「あ、怖いんじゃないです。見えるということが嬉しくてつい見ちゃうだけで」  友哉は湯呑を両手で包むように持って、宙を見て笑った。  前にいる雪華も隣にいる俺も友哉の目には映らない。誰よりも近い存在は俺のはずなのに、友哉に見えるのは四つ足の獣だけだ。  俺に狐の耳やシッポが生えていたら、友哉の目に映ることが出来たのかな。  恨めしい目で見つめても、狼は超然と歩いている。 「友哉君、式狼が見えることについて何か思い当たることは無いかな。親族に霊能者がいるとか、大賀見家のように憑き物筋の者がいるとか」 「いえ。うちはいたって平凡な家庭だったので……父さんにも母さんにも、そんな能力のようなものはありませんでした」  友哉が過去形を使うのは、父親が俺の服を脱がそうとしたという嘘を信じたからだろう。あの家で暮らし続けていればいずれ嘘が嘘じゃなくなっただろうけど、あの父親はまだそこまでには至っていなかった。嘘をついたのは、友哉にはもう帰る家が無いのだと思わせたかったからだ。  倉橋家の居心地は別に悪くなかったけれど、俺はもう友哉を両親のもとに返すつもりは無かった。  あそこに戻れば、いやでも常識的に動かなければならなくなる。友哉の生活全般の世話は母親がすることになるだろうし、友哉を盲学校のようなところへ入学させて、俺は元通りに御前(みさき)高校へ通えと言われるだろう。それはすごく嫌だった。俺は友哉のいない高校へなんて行きたくないし、友哉の身の回りのサポートは誰にも任せたくない。友哉の帰る場所は、俺の所だけでいいんだ。
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