5-(1) 狼はがし

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「いい子いい子」 「俺、いい子……?」 「うん、いい子だから術者としての本名も教えて」 「本名は……誰にも言っちゃダメって……」 「俺にも言っちゃダメ?」 「いっちゃ、だめ……かな……」 「ダメじゃないよ、教えて」 「ダメじゃない……?」 「うん、教えて」 「俺の、本名は……」 「本名は?」 「俺の本名は、せいじゅ……」 「せいじゅかぁ、かっこいいね」 「かっこいい……?」 「うん、かっこいいよ。どんな字なの?」 「まことの(せい)と、『掌中の珠』のたまの(じゅ)」 「はいはい、誠珠ね」  俺は両手で誠司の顔を押さえた。 「誠珠、俺に服従する?」  誠司は痙攣するようにぶるっと震えた後、俺の目を見返してきた。 「服従、する」 「うん、いい子だ」 「俺、いい子」 「誠珠、俺に大雅をくれるよね」 「うん……あげる……大雅をあげる」  誠司は前に出て、大雅の前に屈み込んだ。  くだらない悪事を繰り返してきた誠司の汚れた手が、美しい銀色の狼を撫でる。  大雅は大人しく撫でられながら、不思議そうに俺を見上げた。 誠司は深呼吸してから、大雅の首筋に手を当てた。そして子供向けの詩を読むように、柔らかく声を出した。 「西方より来たる笛流里(ふえるり)の眷属、銀月の狼、誠珠の大雅をつなぐ鎖は」  誠珠の手が大雅の首を撫でる。 「猫の足音、魚の吐息」  大雅の首のまわりがうっすらと光り始めた。 「女の顎髭(あごひげ)、岩の根っこ」  光は少し強くなって、金の粒子がキラキラと舞い始める。 「鳥の唾液に、熊の腱」  誠司が指をすぼめるようにして大雅の首から数センチ動かすと、大雅の首まわりの粒子が紐のように伸びた。それはまるで大雅をつないでいる金色の首輪と鎖のようだった。 「ほどきましょうか。むすびましょうか」  生温かい風がパタパタと誠司の制服を揺らす。 「大賀見戌孝(おおがみもりたか)笛流里(ふえるり)の血の契りにより、大賀見戌孝の血を受け継ぎし誠珠が、笛流里の眷属なる大雅をお譲りいたします」  誠司は指先に持った金色の鎖を、俺に差し出した。
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