5-(1) 狼はがし

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大賀見戌孝(おおがみもりたか)という人物は大賀見家のご先祖さまで、永禄の時代に笛流里(ふえるり)という狼と共に西方から来たと伝わっている。らしい。  雪華から大賀見家の成り立ちとして聞いた話だったが、何もかもが曖昧過ぎて俺は笑ってしまった。  まず西方というのはおおざっぱすぎて関西方面を指しているのか、それとも日本ではなくて朝鮮や中国の方を指すのかもよく分からない。雪華はもっと先のヨーロッパじゃないかと考えているそうだが、その根拠は俺のような色素の薄い子供が時々生まれるからということだけらしい。  そのよく分からない出自の戌孝(もりたか)という人物は狼の加護のおかげもあって一代で財を成したけど、それを妬んだ男に後ろから矢を射かけられて殺されてしまったという。  笛流里は怒髪天に怒りまくって、矢を射た男と男の一族を子供から老人まで一人残らず噛み殺した後、戌孝の遺体を咥えて戌孝の妻のもとへ帰った。でも、狼に咥えられたはずの戌孝の体には牙による傷はひとつも無かったと伝わっているそうだ。妻は戌孝の死を知って悲しみのあまりに狂い死にしてしまうのだが、その時宿っていた胎の子だけはなぜか無事に生まれ落ち、笛流里はその子供の守護を約束したというのが大賀見家の始まりなんだそうだ。  なんだそれ、と正直思った。  狼の加護があるのにどうして簡単に矢で殺されるんだよとか、死んだ妻から生まれた子ってつまりゾンビかよとか、突っ込みどころが多すぎる。  だが術者にとって、それが史実かどうかは重要ではないらしい。雪華に言わせると、それを本当とすることで大賀見家の術が使えるのだとか。  俺は信じられないと正直に言ったら、信じるふりをすればいいと雪華は教えてくれた。  実は呪文というものはそれほど重要ではない。アブラカタブラでもチチンプイプイでも、力のあるものが、その効果を信じて口にすれば術は発動すると。 なので、俺は雪華に教わった文言を、舞台俳優のように朗々と唱えてみる。 「大賀見戌孝(おおがみもりたか)笛流里(ふえるり)の血の契りにより、同じく大賀見戌考の血を受け継ぎしあきらが、笛流里の眷属なる大雅をお受けいたします」  俺は誠司の差し出す金色の鎖を受け取った。  大雅がほんのりと光ったかと思うと、金色の鎖が俺の体と大雅の体の中に溶けるように消え、その瞬間に、俺は大雅との間に何かがつながったのを強く感じた。
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