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渡り廊下を引き返して、静まり返った夜の校舎に戻って行く。
夜の学校に俺の革靴の音がカツーン、カツーンと鳴り響く。
二ヶ月前から少しずつ変なものが見えるようになってきたけど、俺はその全部を無視してきた。それほど頻繁では無かったし、友哉に危険が無いならば、基本的に放置で問題は無かった。
でも、見たくもないのに見えてしまうそれは、正直あんまりいいものではない。教室の隅に立つぼんやりとした女生徒の影や、窓の端から覗いている誰かの片目、トイレから手招きしている白い女の手、遠くにはパタパタと走って行く足音。
俺自身も半分あやかしだけれど、それらはやっぱり薄気味悪くて仲間とは思えない。
誠司という暴君が君臨してきたこの高校は人の心が荒み切っているせいか、御前高校よりはるかに多くの魔が棲み付いているようだ。
階段を下りて踊り場まで来た時、俺はぎくりと足を止めた。
「うえ、こっわ! きっも!」
そこに設置してある大きな鏡の中から、腐ったように崩れかけた俺がこちらを見返していたのだ。
「うわー、これ、俺が人間だったら絶対チビッてるわ」
片手を上げて、バイバイというように鏡に手を振ってみる。
鏡の中の俺も手を振ったが、指が溶けてデロリと崩れ落ちた。
「うげ」
ゾゾゾ―と寒気がして自分の腕をさすると、鏡の中の俺も腕をさすり、その腕の肉が崩れて骨が見えてくる。
「た、大雅」
吐き気を我慢して小さく呼ぶと、大雅はするりと顕現して俺の前に立った。
艶々とした銀色の毛並みが風も無いのになびいて暗い夜に映え、その美しさにほっとする。
「大雅、あれ食べる?」
鏡を指差すと、大雅は嬉しそうにその場でくるりと回ってから、一目散に鏡の中へ突進していった。
「おおー、すごいすごい」
大雅の牙が噛みついた途端に、ゾンビみたいに腐った俺の姿をしたものは粒子状に崩れ始めて、砂のようにさらさらと舞いながら大雅の体に吸い込まれていく。化け物は腐った俺の形から腐った狼の形に変化して威嚇したが、大雅はまったく怖がる様子もなく、むしろ楽しそうに跳ねながら何度も何度もそれに噛みついていった。
「あはは、まじで? もっとグロいの覚悟してたのに、むしろファンタジーじゃん」
すべて食べ終えると、大雅は悠々と俺のもとへ戻って来た。
「へぇ、ほんとに雑食だ。あんなキモいもの食べても平気なんだな」
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