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棲み付いていた怪異が消えた鏡は、当たり前に俺の姿を映し出した。
薄闇の中でじっとこちらを見返しているのは、まだ15歳の俺の姿だ。成長途中で未完成の、今だけの姿。これからさらに背が伸びて、顔つきも大人になっていくけれど、友哉の中の俺は永遠に15歳のままなんだろうなと、ふと思って寂しくなった。
大雅がすりすりと俺の足に体を擦りつけてくる。
「お? やっぱ式狼は映らないんだ」
鏡を見てちょっと驚く。こんなにはっきり見えている狼が、普通の人間には見えないことを思い出した。
鏡に姿が映らない式狼は友哉の目にはちゃんと映る。
鏡に姿が映る俺は、友哉の目にはまったく映らない。
どうせ半分あやかしなんだから、友哉の目に映ったら良かったのに。
「大雅。家に帰ったら、お前が守るべき人を教えてあげる。きっと大雅も大好きになるよ」
大雅はゆらりと尻尾を揺らした。
友哉の安全だけを思うなら、復讐なんてしない方がいいのは分かっている。
理不尽な暴力を受けたことなど忘れて、与えられたあの屋敷で閉じこもるように暮らしていけばいい。
でも、毎朝目を覚ますたびに、友哉は目の近くで自分の指を揺らして、本当に見えないのかを確認している。俺が声をかけるとこちらを向いて、俺の姿を見ようと無意識に目を凝らしている。そして、どうやっても見えないことを再確認すると、諦めたように笑うのだ。
憎むでも恨むでもなく、ただ笑っている友哉はきれいすぎて、ひどく愛しい。
友哉を愛しく思うほどに、俺の中には憎しみや恨みや怒りが大きく膨れ上がっていく。
学校の外に出ると、雪華が慌てた様子で車から出てきた。名前は忘れたけど、大きくて走りが静かなハイブリッド車だ。
「あきら、どういうことだ。今日は下見だけでは無かったのか?」
「つうか、下見だけだから来なくていいって言ったじゃん。友哉をひとりで置いてきたの?」
「叢雲と碧空に守らせている」
「それならいいけどさ」
俺が勝手に助手席に乗り込むと、大雅が後部座席に飛び込んだ。
雪華がまた慌てたように運転席に戻ってくる。
「その式狼はどうした」
「誠司君からもらったよ」
「術者の本名も聞いたのか」
「うん、聞いた、誠珠だって」
「服従させたのか」
「うん」
「どうやって」
「あいつに服従する?って聞いたら、服従するって答えたよ」
「そんなあっさり……」
「あっさりでも無かったよ。ちょっと抵抗があった」
「ちょっと」
「うん、ちょっと」
雪華は呆れたように息を吐いた。
「『狼はがし』を簡単にやってのける者など他にいない。これを知られたら、大賀見家では大パニックになるぞ」
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