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友哉は友哉で、大賀見家のせいで視力を失ったというのに、雪華に対して恨み事も言わず、むしろ呪詛返しで傷付いた足の心配までしてやっている。
狭い世界に閉じ込められて、魂に傷をつけられて、目の光まで失った。憎悪や怨恨で心が真っ黒になってもおかしくは無いのに、奪われたものを数えない生き方はしなやかで強い。
友哉は本当にきれいだ。
「えっと、クッキー、いただきますね」
「俺が取るよ」
友哉がテーブルに手を伸ばしたので、俺は横からクッキーを一枚取って、友哉の手に持たせた。
「サンキュ」
笑ってそれを口に持って行き、クッキーが唇に触れる直前に友哉は手を止めた。
「あっ」
驚いたように見えない目を見開き、急に立ち上がる。クッキーがテーブルの上に落ちてカツンと割れた。
「友哉?」
「何かが……」
俺と雪華は友哉の向いている方にばっと視線を向けた。
壁際に置かれた棚に生け花が飾られているだけで、何も異変は無い。
「何かって?」
「何かが、近づいて来る」
俺は雪華を見たが、雪華にも分からないらしくて首を振った。
「何も無いようだが……」
「えっと、人っぽいものが見えて」
「人?」
「うん、大きいのと小さいのがあっちの方に」
友哉は壁を指し、その指がゆっくりと動く。俺達がその指の示す先を目で追っていると、玄関の方角でぴたりと止まった。
ハッとしたように雪華が言った。
「そうか、壁の向こうか」
友哉の目には壁も生け花も映らないから、その分、俺達より気付くのが早いんだ。
意識を向けると俺にも分かる。玄関の方に大小二つの気配。
小さいのは吉野についているあの小鬼だ。
もうひとつは……。
「叢雲! 碧空!」
「大雅! 連翹! つゆくさ!」
「待って!」
俺達が式狼を呼ぶ声に重ねて、友哉が制止の声を上げた。
「待って下さい! 知り合いです! 狼で襲わないで!」
現れた式狼達が次にどうすればいいのかと、こっちを見上げてくる。
その時、コンコンコンとドアをノックする音が響いた。
「あきらさん、友哉さん、お友達がいらっしゃいましたよ。お通ししてもよろしいですか」
山田の声だった。
俺と雪華が一瞬ためらった隙に、友哉が返事をする。
「はい、どうぞ通してください」
「友哉、だめだ、危険だ」
庇うように肩を抱き寄せると、友哉は俺の手をポンポンと叩いた。
「大丈夫だよ、あきらも顔を見れば分かるだろ? 中学の時の同級生だよ」
同級生とか、顔とか、そんなものに目はいかない。
だって、そいつ、下半身が無い。
裂けた腹から内臓ずるずるひきずって、血か何か分からないものをボトボト落として、そこに無数の手が群がっているじゃないか。
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