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「覚えていないのか? 野球部の竹久だよ、竹久一球!」
友哉ののんきな声に、俺達は混乱して動けない。
野球部とか名前とかそんな情報はどうでもいい。あれは見るからに化け物じゃないか。
化け物なら式狼に食べさせればいいだけなのに、懐かしそうにしている友哉の存在がそれを許さない。
途惑いで固まっている俺達の耳に、玄関で応対する山田の声と、ゆっくり近づいて来る複数の足音が聞こえてくる。
「失礼します」
山田がドアを開け、その後ろからアームホルダーで左腕を吊ったミコッチと、顔色の悪い吉野と、吉野にくっついた下半身ドロドロの悪霊が応接室に入って来てしまった。
叢雲や大雅らは毛を逆立てて身構えたが、俺と雪華の指示が無いからそのまま動かない。
「吉野さん、大丈夫ですか」
吉野は眩暈がするように頭を抱えていて、ミコッチが動かせる右手だけで支えるように寄り添っていた。
「吉野部長、具合が悪いのか?」
「うん。とりあえず吉野さんを休ませてもらえるか? 頭痛と耳鳴りがするみたいで」
「あ、ああ。ソファへどうぞ」
雪華に言われて、ミコッチは吉野を座らせた。左耳の小鬼は吉野にしがみついて震えているが、力が弱すぎて何の守りにもなっていない。
ミコッチが顔を上げ、ちょっと困ったように片手を上げる。
「よう、久しぶりだな」
ミコッチの後ろで、下半身の無いそいつも片手を上げて笑った。
―― あれぇ、久しぶりだなぁ。俺だよ、竹久、竹久一球。
「うん、覚えているよ、久しぶりだ」
少し嬉しそうに友哉が応じた。
―― えっと、確か倉橋だよな。あ、後ろのは久豆葉か? はは、お前ら相変わらずニコイチなんだな。
「まぁね、あきらとは兄弟みたいなもんだし」
嬉しそうに微笑む友哉。
きょとんとするミコッチ。
頭を抱えてうずくまる吉野。
そして、どう動けばいいか判断しかねている俺と雪華。
―― でもこれ何の集まり? 吉野先輩と知り合いなのか?
「それはこっちが聞きたいよ。竹久、どうして俺の目にお前が見えるんだ?」
―― 倉橋の目がどうかしたのか?
「俺、二週間くらい前に失明したんだ。その俺に見えるってことは、お前、もしかして」
―― はぁ? 失明? なんでそんなひどいことになっているのに明るい口調なんだ?
「竹久だって、ぼんやりと宙に浮かんでいるくせに笑ってるじゃないか」
竹久一球は中学校での友哉のクラスメイトだったが、そんなに親しかったわけではない。
でも学内では有名人だった。名前を見れば分かる通り親が野球好きで小さい頃から野球に打ち込み、リトルリーグでも中学野球でもエースだった。確か、都内の野球名門校へ進学したはずだ。
―― ああ、やっぱ俺って死んでるの? なんか実感ねぇんだけど。
あっけらかんとした風に、竹久は言った。
ちょっと動くたびに、内臓がずるずると這って床を汚していく。
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