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何でも知っているはずの友哉に秘密があったみたいで、俺は大きな声を出してしまった。
「いいなはいいなだよ。俺とあきらはいつも『あれ』に怯えていたから部活動もまともに出来なかっただろ? あきらと一緒で毎日楽しかったから別に自分を不幸だとは思っていないけど、でも、ちょっとだけ考えたことがある。ああいう風に何かに打ち込んでみたいって」
友哉には『あれ』のせいで出来なかったことが数えきれないほどある。
そして、目を奪われたことでこれからも出来ないことが数えきれないほどあるだろう。
友哉の人生は奪われてばっかりだ。
「俺、中学の頃、竹久が毎朝近所を走っているのを知っていたし、俺達が登校する前に朝練を終えてからクラスに来ることも知っていたし、それでも成績を落とさないように必死に勉強しているのも知っていたし、とにかく毎日頑張っている竹久の姿が眩しかったんだ。俺とあきらが体験できない『青春』ってやつの象徴みたいでさ」
雪華がつらそうな顔で友哉を見た。
友哉が普通の子供みたいな青春を経験できなかったのは『あれ』のせいだから、雪華にはひどい罪悪感があるんだろう。
「あんなにまっすぐ前へ前へと向かっていた竹久が簡単に死んでしまって、しかも悪霊として消されて終わりなんて、俺はすごく嫌だ」
「友哉……」
―― 俺はお前らが羨ましかったけどな。ニコイチってやつ?
「え」
―― 俺、自分のことに精一杯で親友とかいなかったし、友人とも広く浅くって感じ? お前らが何かするたびに、こぶし合わせてパチンってやってただろ。二人だけの合図ってやつ。あれ、正直いいなって思ってた。
「そっか……お互い無いものねだりだな」
俺は友哉の肩を抱いたまま黙っていた。
友哉がそっと、俺の手に自分の手を重ねてくる。
ミコッチは竹久の声が聞こえないから会話の内容はよく分かっていないだろうけど、口をはさんでは来なかった。
雪華は吉野に取り憑いている竹久に近寄り、下半身からこぼれている内臓をじっと観察した。
俺も一緒に目を凝らす。群がっているたくさんの黒い手こそが元凶みたいだけど、式狼がそれだけを選んで食べるのは難しそうだ。竹久の本体をかじってしまうと、その体は粒子状に崩れて式狼に吸収されてしまう。
雪華は次に内臓から垂れている気持ちの悪い血の跡を見た。それは部屋から外へと、長くつながっているようだった。
「元を断てば何とかなるかも知れん」
ぼそりと雪華が言った。
「元を、ですか?」
「あの、何とかできるんですか? 本当に?」
ミコッチと友哉が聞き返す。
雪華が俺を見てくる。
竹久を切なそうに見つめる友哉に諦めろなんて言えるはずもなく、俺は仕方なくうなずいた。
雪華は吉野を支えて立ち上がらせ、ミコッチに聞いた。
「彼が死んだという踏切に案内してくれるか」
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