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5-(4) 踏切に立つもの
俺と雪華は一瞬言葉を失った。
それほど巨大で醜悪なものが、そこには蠢いていた。
「あきら、また緊張しているのか?」
俺の腕につかまっている友哉が首を傾げる。
「う、うん」
「大丈夫だよ。ここには竹久と吉野部長の肩の小っちゃいの以外に何もいないよ」
無邪気に言われて、ちょっと困った。
友哉は失明してから、式狼とか、幽霊とか、この世ならざるものを見るようになった。でもその黒い瞳は、友哉自身のきれいな心を反映するように、きれいな存在しか映さない。
俺と雪華が見ている醜悪な悪意の塊が、友哉には見えていないのだ。
その踏切は車も人も一緒に通るタイプだったが、歩道の幅も広くて見通しも悪くない。すぐ近くに大きめのスーパーマーケットがあって、車通りも人通りも多い賑やかな場所にあった。
「結構騒がしいんだな」
「ああ、俺も自殺したって聞いた時には人気のない寂しい踏切を想像したんだけどな。あそこに吉野さんが花を供えたんだけど」
ミコッチは何気なくそれを指差した。
「警報機の横の柵の所に花束が3つ置いてある。多分そのひとつが吉野部長の供えた花だと思うよ」
俺が友哉の耳元で説明すると、ミコッチはハッとして友哉を見た。
友哉はミコッチの同情の目など見えていないので、何も気にせず竹久の方を向いた。
「どうしてこんなところで自殺なんて」
竹久はここに到着してから何もしゃべらなくなってしまっている。うつろになった目の玉に巨大な化け物を映しているのだ。
「ここの踏切、2、3年に一度くらいの頻度で自殺や事故が起こっているらしいけど」
スマホの画面を見ながらミコッチが言った。
「それって多いのかな」
「多いだろ」
「だよな、多いよな」
何も見えないミコッチと、悪霊が見えない友哉はとぼけた会話をしているけれど、俺と雪華は竹久を死へと引きずり込んだものが、その化け物だと確信していた。
踏み切り全体を大きな黒い靄が覆っている。よく目を凝らしてみると、それは無数の人の手の集合体だと分かる。黒っぽい手がうぞうぞとした虫みたいに動き続けていて生理的な恐怖感を覚えた。
「うぇ……」
「あきら、どうした」
「んー……ちょっと、気持ち悪くて」
「ええ? 車に戻るか」
「ううん、大丈夫。ちょっとくっついていていい?」
「いいけど、あきらは怖がりだな」
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