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角や牙が生えたりしている化け物の方がずっとましだったと思う。
集合恐怖症ではないはずの俺も、うごうごと数百の手が絡み合っている様は吐き気がするほど気持ち悪い。しかもその数百数千の手が好き勝手にあちこち伸びて、通り過ぎる人々の手や足や髪の毛や服の裾をしきりに引っ張っているのだ。それは車の中にまで入り込んで、運転手の手を横へ引いたりもしている。
踏切を渡るほとんどの人は何も気付かずに、無意識に化け物の手を振り払って通り過ぎていく。ひとつひとつの手はたいして強くはないようだけど、とにかくしつこいし休まないし、手当たり次第に引っ張り続けている。
「吉野さん、大丈夫か」
「はい……」
吉野はしゃがみこんで顔を伏せている。その左肩にくっついている小鬼も震えながら顔を伏せている。
「あの、雪彦さん。吉野さんの肩にいる小さいやつって本当に大丈夫なんですか」
「ああ、力の弱いものだから、たいして害にはならないと思う」
「ええと、じゃぁ少しは害になるんですか」
「なぁ、それって倉橋にも見えるのか」
ミコッチが友哉と雪華の会話に割って入った。
友哉がうなずいて、小鬼を指差す。
「うん、ここらへんにちっこい小鬼みたいなのが見えるよ」
「へぇ、小鬼か」
「うん、目がクリッとしていてちょっとかわいいかも」
と、友哉が小鬼の方へ手を伸ばしたので、俺は慌ててつかんで止めた。
「むやみに触るな、友哉」
「お、おう」
「そこまで神経質になることはないよ。これは弱すぎて何もできない」
雪華が横から口を出してくる。
友哉は雪華の方へ顔を向けた。
「これって幽霊なんですか?」
「いや、人だったものではないな。気になるなら消してしまうが」
「え、いえ。その判断は吉野部長に任せます」
「そうだな、その方がいいだろう」
「幽霊じゃないなら何なんですか?」
ミコッチが眉根を寄せて、小鬼のいるあたりをじぃっと目を凝らしている。俺も雪華も友哉も当然のように見えると言うので、自分も見てみたいんだろう。
「おそらく山彦の一種だと思うが」
「山彦って、ヤッホーのあの山彦ですか?」
「ああ、山に響く人の声から生まれたものだな。以前に似たようなものを見たことがある」
「へぇ」
「これは声から生まれたせいか、常に有ること無いこと耳に囁いてくるもので、霊感の強い人間には迷惑でしかない。だが、吉野君くらいの感度ならちょうどいいんだろう。普段はこれの声が聞こえないが、怖い魔物が近付いた時の警告音だけが聞こえるようだし、まぁ、相性がいいと言えるかもしれない」
「なるほど、そうなんですね」
踏切に蠢く化け物が見えていないミコッチと友哉はのんきに質問を続け、雪華は律義に答えている。
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