31人が本棚に入れています
本棚に追加
「友哉、あっちに踏み切りがあるんだけど、ほんとに何もいない?」
友哉の手を取って化け物の方向を示してみたが、明るい声で断言された。
「ああ、何もいないよ」
俺はため息が出そうになるのをこらえた。
そこにいるだろ。
ものすごいのがいるだろ。
どうしてこんなに巨大なものが見えないんだ。
その時、蠢く手の一本が友哉の方にも伸びてきて、俺は思わず叫びそうになった。友哉の体を抱えるようにして急いで踏切から離れ、近くの不動産屋の駐車場に入った。
「うわっ、どうしたんだよ、あきら」
よろめいて俺にしがみついた友哉は不思議そうに聞いた。
「自転車の集団が来て、ぶつかりそうだったからさ」
「そっか? ぜんぜん聞こえなかった。でも移動する時は先に言えよ、びっくりした」
「ごめん、でももうちょっとこうしていていい?」
体を離そうとする友哉を抱きしめる。
「ええまた? いいけど、ほんとに幽霊が苦手なんだなぁ、あきらは」
友哉は笑って、俺の背中をぽんぽんとさすってくれる。
俺は内心、叫びたかった。
だめだろ、これは。
これはいけない。
無防備すぎて心臓に悪い。
友哉の状態は危なすぎる。
目を離すつもりなんて欠片も無いけど、本当にこの先友哉からは目が離せないことが分かった。中途半端に霊が見えている分、何も見えない奴らよりずっと危うい。
友哉を体で隠すようにして踏切を観察していると、ごくたまに立ち止まる人がいるのが見えた。引っ張られた髪の毛を気にして、振り向く人もいる。あれは霊感がある人か、心の弱っている人だと思う。多分、あの黒い手をきちんと振り払えなった人が、取り憑かれて線路に飛び込んでしまうんだろう。
「おーい」
吉野を支えるミコッチも、吉野にくっついている竹久も一緒に駐車場に入って来た。
「なぁ、どうしたんだよ。ここに何かあるのか? あるならさっさと除霊でも何でもしてくれよ」
ミコッチは俺に向かって言ったのだが、友哉が顔の前でぶんぶんと手を振った。
「ここには何も無いよ。いや、竹久はいるけど」
「竹久ってやつは今どうしてんの? 何か言ってる?」
「やっぱりショックなのかな。自分が死んだ場所に来て黙っちゃったよ」
「そっかぁ。死んだ時のことを思い出したりするのかな」
まったく見えないやつと、一部しか見えないやつの会話は突っ込みどころだらけだが、俺は何も言わなかった。
友哉に見えない化け物の存在を教えても、怖がらせるだけでメリットはない気がする。
最初のコメントを投稿しよう!