5-(4) 踏切に立つもの

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「だって俺、竹久より速く走れるよ。竹久より速い球を投げられるし、野球のルールだってすぐに覚えられる」  友哉は小さく噴き出した。 「そうかもな。あきらはスペックが高いからきっと何でもできる」 「俺が野球やったら嬉しい?」 「いや、無理に野球なんてしなくていいよ」  困ったように笑う友哉と、甘えた声を出す俺を、横のミコッチが冷たい目で見ている。  俺はおかまいなしに続けた。 「えー、じゃぁ何をしたら俺に憧れるの?」  友哉は穏やかに微笑んで、首を振った。 「あきらには憧れない」 「うっ、友哉ひどい」 「憧れってのは、遠い存在への感情だろ。あきらは一番近い存在だから何をしても俺は憧れたりしない。あきらが何かに打ち込んだり何かを成し遂げたりしたら、めちゃくちゃ嬉しいなって思うだけだ」 「そっかぁ。何をしたら一番嬉しい?」  臍の緒の封印がとかれてから、俺の能力は格段に上がった。運動神経も五感も鋭敏になったし、記憶力もアホみたいに良くなった。きっとどんな道に進んでも、ある程度まで行けると思う。 「どこで何をしていてもあきらは俺の一番だから、俺に関係なく好きなことをしろよ」  友哉はそう言って、俺の方へこぶしを突き出した。 「あきらの選んだことなら俺は全力で応援するからさ」  その顔は笑っていたけど、どこか儚げで寂しい感じがする。 「友哉……?」 「ほら、こぶしコツン」 「う、うん」  突き出されたこぶしをそのままに出来なくて、俺もコツンとこぶしをぶつけた。指をぐっとつかんでパチンと手を合わせる。  コツン、グッ、パチン……微妙にタイミングのずれた友情の合図。 「あのさ、友哉。俺が『もういい』って言うまで一緒にいてくれるっていう約束、忘れてないよね」 「ああ、もちろん。いつでも『もういい』って言っていいんだからな」 「…………う、うん、わかった」  あーあ、と心の中で俺は嘆く。  うっかりしていた。  友哉はまともな人間で、俺とはまったく違う考え方をするんだってことをすっかり忘れていた。  まともな人間のまともな思考回路では、きっとこう考えているんだ。 『目の見えない自分の世話なんかで、あきらの将来を妨げてはならない。出来るだけ早く自立できるようにならないと。あきらが本来歩むはずだった人生を奪うわけにはいかない』
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