5-(5) 再び崩れゆく日常

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5-(5) 再び崩れゆく日常

 毎日、毎日、目が覚めてまず『見えないという事実』を確認することはやめようと思った。まぶたを開いても閉じても暗闇にいるのは同じ、目の前で指をひらひらしてみても見えないのは同じだ。  だから吉野に使い方を教わってから、目が覚めたらすかさず枕元のスマートフォンの画面を触ることを習慣にしてみた。  もぞもぞと薄いタオルケットから手を出すと、カツンと指が画面に当たる。画面の中央をぽんと指で触れる。 『8月2日 7時12分』  音声読み上げ機能が、日付と時間を教えてくれる。  文明の利器は積極的に使うべきだという吉野の言葉は、まさに正しかった。慣れるまで少し時間がかかったけれど、今となってはスマートフォンなしで生きられる気がしない。  時間を知るのも、天気予報やニュースを知るのも、スケジュール管理も、メッセージのやり取りも、音楽を聴くのもオーディオブックで小説の朗読を聞くのも、スマートフォン一台ですべて出来る。  歩くことすら怖くて赤ん坊に戻ったような気持だったあの日が嘘みたいだ。  ホームボタンを押してから、画面上を指でたどっていくと、『リンリン、カメラ、ブック、メモ、カレンダー』と俺の指が触れているアプリをスマートフォンの音声が教えてくれる。『お天気情報』という声が聞こえたところで、俺は画面を二回指先で叩いた。ピコンと音が鳴ってアプリが起動する。 『8月2日、三乃峰市、晴れ、最高気温32度、最低気温23度、湿度……』  また画面を二回叩いてお天気のアプリを閉じ、俺は次にリンリンを開いた。  上からゆっくり指を滑らせる。 『体脂肪が激減! 初回限定14日分お試し価格……』  何かの宣伝を読み上げる音声は無視して、指を少しずつ下げていく。 『ヨシノ もう寝てしまいましたか……』 『ミコガミ 明日の待ち合わせは……』 『お母さん 友哉、体調はどうですか……』  メッセージの差出人と冒頭の部分が読み上げられ、俺は御子神のメッセージの所に指を持って行ってから二回タップした。 『ミコガミ 8月1日 22時25分 明日の待ち合わせは3時に三乃峰駅近くのカフェで。絶対モンブランかき氷食べよう。場所の地図は久豆葉に送った。あと倉橋も髪を伸ばす気なら、ちゃんと手入れしろ。自然乾燥でそのまま寝るなよ。おすすめのシャンプーあるから会った時に教える。それと困ったことがあったら何でも言えよ。久豆葉に言えないこともあるだろうから』  御子神のメッセージは思いつくままに書いているようで脈絡が無く、話があっちこっちに飛ぶことが多い。  俺は次に吉野のメッセージを表示した。音声読み上げ機能がすらすらと読んでくれる。
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