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(3) 窓を叩くもの
数歩先に腕が転がっている。人間の、男の右腕だ。その腕には、手の甲と肘のすぐ下と二の腕に動物の噛み跡がある。見覚えのある腕、毎日見ている男の腕だ。
「はぁ……」
心を落ち着けるために、大きく息を吐く。
分かっている。あれは幻覚だ。
本物の友哉は俺がちゃんと抱きしめている。
この家に入ってすぐに、友哉の姿をしたものがナイフや斧や刀を持って襲ってきた。グロテスクな化け物が襲ってくるよりはるかに心臓に悪い。友哉がそんなことをするわけがないし、どんなに姿を似せても本物と偽物の違いは分かる。すぐに式狼に排除させることができたけど、ものすごく不快だった。
友哉と話をしている間もそういう嫌な幻覚が途切れることなく襲ってきて、あまりのしつこさにいい加減慣れて来た頃に、友哉の首が落ちて来た。
さすがに悲鳴を上げそうになったが、大雅が瞬時に喰いついたので、それは砂のようにぱさりと消えていった。
でも、それで俺の弱点を知られてしまったようで、その後は次々と友哉のバラバラ死体が降ってきた。足でも肩でも指の一本でも、どのパーツも友哉の特徴をよく写し取っていたから、偽物だと分かっていても冷や汗が出て呼吸が苦しかった。
友哉が女子高生達と青春ドラマみたいなやり取りをしている間、俺は俺で不快な幻覚と戦っていたのだ。
「消えた」
俺の腕の中で友哉が呟く。
「うん、消えた……」
三人の女の子達と一緒に、友哉のバラバラ死体も消えていった。
やっと、腕の力を抜いて友哉を解放する。
「あの子達、成仏したの?」
「分からない……。今までに見た成仏とは違っていた」
「キラキラしていなかったもんね」
「ああ……」
近田花梨と中沢瑠衣、遠野芽衣が消えた。成仏したかどうかは定かじゃないけど、姿を消してしまったのでこれ以上はどうにもできない。
残るは近田夫妻と横山玲音だが、友哉はしんどそうに手の甲で汗を拭っている。
「疲れた? 今日はもうやめとく?」
「うん……。いや、ちょっと話だけ聞いてみる」
「りょーかい。とりあえずエアコン入れるね」
俺は室内を見回し、壁にかけられているリモコンを見つけた。
ここは、リビングとダイニングキッチンがくっついている13畳ほどの広い部屋だ。
山川が言っていた通り、ここは少し高台になっているようで、窓の外には一段低いところに田んぼが広がっていて、そのずっと向こうになだらかな山が見えていた。
絵本になりそうなほど平和な景色なのに、今のこの状況のせいか不穏な空気が漂っているように見える。
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