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煮込み料理は安心して作れる。レシピ通りの時間煮込めば、それなりに美味しくなるから。
でも、炒め物はちょっとまだ苦手だ。火が通ったかどうか分からなくて、ついつい炒めすぎてしまうから。
そして一番難しいのは……。
「まさか半熟目玉焼きがこんなに難関だとは」
「シンプルなものほど難しいですよねぇ」
佐藤の声が右から聞こえる。
「ほんとに。音と匂いだけで判断するのは至難の業です」
慎重になりすぎると黄身が硬くなるし、焦って火を止めると柔らかすぎてお皿に移す時に黄身が破けてしまう。
「いっそ、ちゃんと焼けた時の秒数を計って、毎回ピッタリ同じ時間火に通すようにすればどうでしょう」
「なるほど、いい考えです。ではさっそく時間を計って」
「はいはい、そこまで」
左から山田の声が言った。
「そろそろあきらさんがお腹空いたと騒ぎ出しますよ」
俺はポケットのスマートフォンに指を伸ばす。
『8月2日 8時39分』
機械の音声が時間を教えてくれる。
「ほんとだ。もうこんな時間」
朝食と夕食の前に、キッチン仕事の手伝いをさせてもらっている。実際は手伝いというよりも二人の仕事を増やしているだけなんだけど、山田も佐藤も嫌がらずにとても丁寧に教えてくれる。
見えないということはフライパンに油を注ぐだけでも一苦労で、計量カップや計量スプーンを使うだけも見えている人とは違っている。
油の容器を傾けてもどのくらい出ているか分からないので注ぎ口を指先でちょっと触ってみるとか、100㏄の酢を計るのにも200㏄の計量カップの内側に刻んであるメモリが見えないので、指を100のメモリの所に置いて指先が濡れるまで酢を注ぐとか、とにかく何でも指で触りまくるから何度も何度も手を洗うことになる。
それと、しょうゆ、みりん、酢、酒などの調味料は瓶の形で覚えたけれど、砂糖と塩の容器が同じ形だったので砂糖にだけシールを貼ってもらったりした。
レシピは紙にメモできないので、録画機能を使って毎回佐藤か山田にしゃべってもらっている。自分でメモアプリを使おうとしたけれど、まだ文字入力に慣れていない俺はやたらと時間がかかってしまうのだ。
山田と佐藤にとっては、普通に仕事するより何倍も面倒なはずなのに、いつも明るく楽しく接してくれて、俺に優しくしてくれる。本当に感謝しかない。
「あ、そうそう。友哉さん、この瓶開けてもらっていいですか。ちょっと固くて」
「はい、それくらいいくらでも」
山田に持たされた瓶は直径7、8センチほどのものであまり大きくはない。ジャムの瓶だろうか。俺は左手で持ち、右手で蓋をつかんでグイとひねった。
「あ、あれ?」
ぐぐっと力を込めても、まったくビクともしない。
「ん、おかしいな」
どれだけ固い蓋なのか。
家でもよく母さんに頼まれたけれど、こんなに固い瓶は初めてかも知れない。
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