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「ん-!」
力み過ぎて息切れしてきたところに、キッチンのドアが開けられる音が聞こえた。
「あら、おはようございます」
「おはようございます、あきらさん」
「おはよー。何やってるの友哉。俺が開けようか?」
あきらが近付いて来てひょいと俺から瓶を取り上げた。
そして次の瞬間、カコッと軽い音がして甘いジャムの香りが鼻に届いた。
「まぁ、あきらさん、力が強いわ。何かスポーツでもされていたの?」
山田の声のトーンが急に高くなって、パタパタとスリッパの音を立ててあきらに近づいていくのが分かる。
「いや、友哉がゆるめてくれたのを開けただけだから」
あきらの困ったような声が聞こえ、山田の声がさらに高くなる。
「でも、細いのに筋肉がついていて素敵な体付き。さぞおモテになるんでしょ」
「え、はぁ、まぁ」
「学校ではあきらさんのファンクラブまであったと聞いたんですけど、アイドルや俳優を目指していらっしゃるの?」
「いやあの、そんなことぜんぜん……」
山田は急にどうしたんだろうか。今までは、あきらに対しても節度ある態度で接していたのに。
たじたじとするあきらの声を聞いて助け舟を出そうかと思っていると、右から強く腕を引っ張られた。
「わっ、とと」
よろめきそうになるのをどうにかこらえると、佐藤が俺の耳に息を吹きかける位置で囁いてくる。
「あのぉ、あきらさんって彼女いるんですか?」
「え? さぁ、いないと思いますけど」
囁き声に囁き声で返すと、またさらに質問をされた。
「ほんとうですか? あきらさんって、どんなタイプが好きか分かりますぅ? 年上とか大丈夫かしら?」
「さぁ、そういう話はあまりしないので」
佐藤の様子もおかしい。さっきまで和気あいあいと料理をしていたのに、急に声の雰囲気がべたべたとしたものになっている。
あきらが女性に好かれるのはいつものことだけど、山田も佐藤も大人だし、仕事でここに来ているのだからきっちりと自制してくれると思っていた。
でも、血縁であるあきらの叔母でさえも、あきらの前ではおかしくなったと聞いている。それを考えると、毎日のように顔を合わせている二人がこうなってしまったのは当然なのかもしれない。
「ねぇ、あきらさんって女性経験どのくらいあるのかしら?」
「え……と」
「若いのにすごい色気ですよね。女のこと知り尽くしているって感じで、ゾクッとする目をするんですよ」
「あ……あきらが、ですか?」
俺は、いつも中身小学生みたいな口調でバカ話をしているあきらしか知らない。女性経験のことなんて、俺達の間で話題になったことはない。
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