5-(5) 再び崩れゆく日常

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「私けっこう胸があるんですけど、あきらさんってこういうタイプ好きかしら」  佐藤は柔らかなふくらみを俺の腕に押し付けてくる。 「えと、ご、ごめんなさい、わ、わかりません……」  動物のメスのような生々しい欲望を感じて、急に吐き気がした。  あの日の母さんの異様な目を思い出してしまい、思わず口を覆う。 「友哉さん?」 「すいません……俺、そういう話よく分からなくて」 「あら……。ふふ、なーんだ童貞くんか」  小バカにしたように笑うと、スリッパの音を立てて佐藤もあきらの方へ寄っていく。 「あのぉ、あきらさんってぇ、ガールフレンド何人いるんですか」 「へ? 何人って、言われても」 「ちょっとなによ、いきなり。私があきらさんとお話しているんですけど」 「ええー、いいじゃありませんか、ね? あきらさん」 「あの、そんなにくっつかないで」 「ちょっと佐藤さん! あきらさんにべたべたしすぎじゃありませんか」 「あらやだ、山田さんこそそんな下品な大声を出して」 「なんですって、下品な色目を使っているのはどっちよ!」 「はぁ? 下品な色目って何よ!」 「前から思っていたのよ。家政婦がそんな胸の開いた服を着る必要ないでしょうが」 「そっちこそ派手な化粧してぜんぜん似合ってないわよ」 「なんですって!」 「なによ!」  いつもは二人ともこんな声を出したりしないのに、人が違ったみたいに金切り声で言いあっている。 「あ、あの、あきらも困っているみたいだし、二人とも落ち着いてください」 「はぁ? 友哉さんに関係ないでしょ」 「そうよ。友哉さんも友哉さんよ。いつもあきらさんを独り占めして」 「あきらさんに恋人が出来るのが嫌だからって、邪魔しないでくださる?」 「その通り。あきらさんしか友達がいないからって、いつもいつもそんなにべったりなのはどうなのかしら?」 「目の見えないのはお気の毒ですけど、それを武器にあきらさんの気を引いているんじゃありません?」 「弱いふりして頼り切って、あきらさんが本当は迷惑しているの分かりませんか?」  彼女たちの矛先が俺を向いて、言葉が胸に突き刺さる。 「やめろよ、変なこと言うな」  駆け寄る足音が聞こえ、ぎゅっと両手をつかまれる。 「友哉、違うよ! 俺は一度も迷惑だなんて思っていな……」  あきらの声をさえぎるように、俺は大きく声を出した。 「俺があきらに迷惑をかけているのは自分でも分かっています」 「友哉、そんなこと……」 「大丈夫」  つかまれた手をそっとはずして、佐藤と山田の声がした方角へ顔を向ける。 「でもそれは、俺とあきらの問題です。俺とあきらだけの問題です。佐藤さんにも山田さんにも関係ない」  相手の目を見返したかったけれどそれは不可能なので、俺は真っ暗な宙を睨みつけた。
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