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「俺はあきらの恋愛には口をはさみません。佐藤さんでも山田さんでも他の女性でも、選ぶのはあきら自身ですから俺は何も言いません。でも、俺とあきらの友情は俺とあきらだけのものですから、他人が口をはさまないでくれますか」
一瞬しんとしたキッチンにすぅっと息を吸い込む音が聞こえ、俺は次の瞬間に襲ってくる数倍もの金切り声を覚悟した。
けれど、聞こえてきたのは低い男の声だった。
「まったく何を騒いでいるんだ? あきらはまだ15だぞ! 二人ともいい年をしてみっともないことはやめてくれないか!」
雪彦だ。
普段の雪彦とは違うきつい言い方に俺はドキリとしたが、佐藤も山田もまったく気にしていないようで、さらにあきらに声をかけるのが聞こえてくる。
「あらぁ、高校一年生で15歳というと、今年のお誕生日まだなんですか?」
「16歳のバースデーは盛大にお祝いしたいわ。いつなんですか」
あきらは返事をせずに俺の手を握ってきた。その手が少しだけ震えていて、俺はぎゅっとその手を握り返した。
「いい加減にしないか! さっさと朝食にしてくれ」
「あ、はーい、ただいま」
「すぐお持ちします。あきらさん、たくさん食べてくださいね」
「リクエストがあったらどんどん言ってくださいね。あきらさんのためにこの家に来ているんですよ」
「私もです。あきらさんのためなら何でもできますよ」
雇い主が怒っているのに、二人の態度は変わらない。
あきらは俺の手を自分の腕につかまらせると「行こう」と小さく言って、ダイニングの方へ歩き出した。
あきらは今まで一度も、彼女達に気のあるようなことは言っていない。あきらはこの二人を恋愛対象として望んでいない。客観的に考えれば分かることなのに、やっぱりあきらの前ではみんなおかしくなってしまうみたいだ。あきらの叔母さんも、俺の父さんも母さんも、学校の女子生徒たちもD組の全員も、みんなそうだった。
大賀見の当主の血を引く特別な子供。
雪彦はあきらをそういう風に言っていたけど、あきらの父親も同じように人を惹き付ける性質を持っているんだろうか。それならせめてあきらに会って、望まない過剰な好意への対処の仕方を教えてくれればいいのに。
それとも、うまく女性に対処できない人だから浮気などしてあきらが出来たんだろうか。もしかしたら何人も愛人がいて、何人も隠し子がいるような人なのか? 自分の息子に会おうともしない人のことは、俺にはよく分からない。
雪彦に大賀見の当主のことを聞いてみたかったけど、朝食の席ではとても言い出せる空気ではなかった。給仕してくれる山田と佐藤が入れ替わり立ち替わりあきらにかまい、そのたびに雪彦がたしなめるので落ち着いて食べられなかったのだ。
これから食事のたびにあきらをめぐる攻防戦が巻き起こるのかと思って、俺は密かに溜息を洩らした。
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