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5-(6) 公園に浮くもの
ドアを開けた途端に蝉の鳴き声が耳に届いた。
「おー、夏だ……」
空調の効いた屋敷から外へ出ると、日差しの強さで今の季節を思い出す。じりじりと肌を焼く日光は、見えなくても感じることが出来るから。
「琥珀、翠玉」
あきらの声に応えて見覚えのない式狼が現れ、ぴょんぴょんと楽しそうに駆け出していった。
「あれ? また増えたのか?」
「うん、今18匹」
「18匹? そんなに? 俺まだ13匹しか名前覚えていない」
「全頭の名前と特徴を覚えちゃうのもすごいけどね」
「俺には他に見えるものも無いし、そばにいるとめちゃくちゃ凝視しちゃうからなぁ」
「新しい子も後で紹介するね。今はボディーガードというお仕事中だから」
「ボディーガード要るか? 散歩するだけなのに」
「危ないものは排除しないと」
「危ないものって?」
「スライムとか、闇の精霊とか、毒の沼とか?」
「ぷっ、ドラゴンハンターかよ」
「まぁねー。ほい、帽子」
「サンキュ」
帽子を被せられ、あきらのいる方を向く。
「あきらは? ちゃんと被ってるか」
「ううん、俺はかぶってなーい」
「熱中症になるぞ」
「汗でぺたっと髪がくっつくのやなんだもーんっ」
「もーんって」
「かわいくない?」
「びみょー」
「わー、微妙って便利な言葉だなぁ」
あきらの笑い声がして、頭の中にその笑顔が思い浮かぶ。
きっと眩しい太陽に照らされて、茶色がかったサラサラの髪が動くたびにキラリと光っているだろう。
「髪、触ってもいいか」
「え、うん、もちろん」
声のする方へ右手を伸ばすと、あきらが手首をつかんで頭へ誘導してくれる。
指先に日光で温まった髪がさらりと触れた。
柔らかくて滑らかで心地いい。
「俺の髪がどうかした?」
「どうもしない」
「えー」
俺はあきらの髪から手を離した。
感触を閉じ込めるようにぎゅっと握る。
「どうもしないけど、ちょっと後悔かな」
「ん? 後悔?」
キョトンとしたあきらの顔が思い浮かぶ。思い浮かぶけど、本当にその通りの顔をしているのかはもう知りようがない。
俺の頭の中には十年分のあきらの表情が詰まっていて、その時その時のあきらの声や息遣いから、きっと今こんな顔をしているだろうなと記憶の中から想像をしている状態だ。
きっとあきらがおじさんになっても、おじいちゃんになっても、俺の中のあきらは少年の顔のままで笑っているんだろう。
それが不幸だとは思わないけれど……でも。
「俺さ……あきらの髪が好きだったみたい。日の光を反射して時々キラッとするところ」
異国の血が入っているような色素の薄い端正な顔立ちを、くしゃっと歪めて子供っぽく笑うあきら。揺れる髪がキラキラと光って、いつも綺麗だった。
「もっとちゃんと、隅々まで全部、目に焼き付けておけば良かったなって……。今ちょっとだけ後悔。見えなくなってから気付いても遅いけどな」
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