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基本姿勢のために右手を出すと、あきらはすぐに自分の腕につかまらせてくれた。そのままゆっくりと歩き始める。
少し歩いたところで、斜め前からすすり上げる音が聞こえてきた。
「え、泣いているのか」
そこまで悲しいことを言ったつもりは無かったけど。
「泣いて、ないよ」
あきらの声がかすれて揺れている。
「でもなんか……」
「泣いてないもんっ」
「また、もんって」
拗ねたように言われて少し困った。
俺はもうとっくに見えない事実を受け入れているのに、あきらの方はいまだに心の整理がつかないらしい。
「なぁあきら、確かに髪がキラキラするところは見えなくなったけれど、日差しであったまった温度とか、サラサラの感触とかは俺にも分かるんだ。俺はあきらに触るのも大好きだよ。あ、変な意味でなく」
くすっと小さく笑うのが聞こえる。
「うん……好きなだけ触っていーよ。友哉なら触りたい放題だよ」
「いやその言い方も何か変だろ」
「オサワリオッケーよ、ナデナデプリーズよー」
「なんで片言なんだよ」
「俺も友哉に触ってもらうの好き。おててつないで歩きたいくらい」
「いや手つなぎはちょっと、慣れてないからバランス感覚がなぁ。ゆっくりならいいけど、強く引っ張られると怖いっつうか」
「あははは、そういう意味じゃなくて」
「どういう意味?」
「ええっとー、おててつないで偽装交際宣言? みたいな?」
偽装交際宣言。
あきらのファンからの数々のお誘いを断るために、俺と付き合っていることにしたいと言っていたあれか。
今朝の山田と佐藤のすごい剣幕が耳に蘇る。
「偽装交際宣言か。あきらがそうしたいならしてもいいぞ。俺が矢面に立てばあの二人も大人しく引き下がってくれるかも知れないし」
「やめろって言わないの? 前はすごく嫌がったでしょ? 俺もいつかは彼女が欲しいって言ってたじゃん」
「そういや言っていたよな」
「どうして? 今は彼女欲しくないの?」
「ああ、今は特に……」
そういえば、今はまったくそういう願望が無い。
欲求も無いし、衝動も無い。
「あ、れ……?」
今朝、佐藤に童貞だとバカにされた時も、俺は何も思わなかった。恥ずかしいとも、早く卒業したいとも。
「ええと……?」
そもそも、最近ひとりでしていない。
最後にしたのはいつだっけ?と、頭の中で記憶を探る。
おかしいな、十代男子なんて一番そういう欲が強い時期のはずなのに、女性の裸を見たいとか、触りたいとか、エッチしたいとか、そういうことを最後に考えたのはいつだっただろうか。
大きな違和感に首を傾げる。
俺が足を止めると、あきらも止まった。
「『あれ』に食べられたのは、目だけじゃなかったのかな……?」
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