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「友哉?」
「なんか俺、いつの間にかそういう種類の欲まで消えちゃっているみたいだ」
「そういう種類の?」
「まぁ、つまり性欲?」
「え……と、それって大丈夫なの……? なんかやばくない?」
あきらの声が深刻そうで、俺は笑った。
「まぁ、たいしたことじゃないよ。どうせ俺は女の子には相手にされていなかったんだし、欲求を持て余すよりましだろ」
言葉にしてみると、性欲などあっても無くても俺の生活に支障は無いような気がする。
「待って、そんな簡単なことじゃないんじゃない? だって体が変わってしまったってことだろ。ほかには? なんか変なこと無い? そう言えばこの頃毎日お昼寝してるよね」
「ああ……まぁな」
確かに、体は変化している。食事量がかなり減って、睡眠時間は大幅に増えた。布団を持ち上げただけでよろめいてしまうし、ジャムの瓶も開けられなくなっている。おそらく全体的に俺の体は弱くなっているんだ。
呪いのもたらす影響の大きさを思い知らされて、心の中でこっそりと安堵した。あの時、あきらを突き飛ばすことが出来たのは幸いだった。こうなったのが俺の方で本当に良かった。
「えっと、確認だけど、男の人とエッチしたいとかじゃないよね?」
あきらがまったく違う角度から質問してきたから、俺はぱちくりと瞬きした。
「男の人? まぁ嫌悪感も無いけど欲求も無いな。俺は誰ともしたくない」
「そっか、良かった」
ほっとしたように息を吐くのが聞こえてきて、首を傾げる。
あきらは普段、性的マイノリティに対する差別のようなことは言わないのに、実は抵抗があるんだろうか。
「ねぇ、体がおかしいって思ったらすぐに言ってね。俺でも、雪彦おじさんでも」
「分かった」
「それと、俺は迷惑なんてかけられてないからね」
「ああ……うん」
今朝のこと、やっぱりあきらも気にしていたみたいだ。
「そばにいてってお願いしているのは俺の方だから。友哉を必要としているのは俺の方だから」
必死に言いつのるあきらの声に、俺は微笑みを向けた。
「ちゃんと分っているって。あきらが『もういい』って言うまで、俺はずっとそばにいるよ」
こぶしをぐっと握って突き出す。
コツン、とこぶしがぶつけられる。
コツン、グッ、パチン、ぴったり息の合った友情の合図。
あきらはドラゴンハンターのテーマソングをフンフンと鼻歌で奏で始めた。さすがに知らない人が通る場所で、熱唱したりはしないらしい。
ぴょんぴょん跳ねまわる元気な狼に導かれながら、あきらの鼻歌に合わせて、俺達は公園までの冒険の道を悠々と歩いていった。
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