31人が本棚に入れています
本棚に追加
弓の弦の音が鳴り続け、それに混じって何かを唱えるような声が聞こえてくる。
てん、ち、げん、みょう、ぎょう、じん……。
それほど大きくない声だが、一人から二人、二人から三人と、どんどん唱える人の数が増えていく。
てん、ち、げん、みょう、ぎょう、じん、ぺん、つう、りき、しょう……
繰り返し繰り返し唱えながらそれは数十人にまで増えて、周り中から声が押し寄せてくるようだ。
ひとりだけ女の人の声が混じっていて、その声が一番強く響いて来る。
煙、弓の音、呪文のような声。
何が起こっている?
「あ、あきら、早くここを出よう」
「大人が三十人くらいで囲っている。逃げるのは難しいかも」
「じゃぁ、警察を」
「無理。さっきから圏外になってる」
「ええ?」
あきらがスマートフォンを二台とも俺に寄越した。
画面に触れて110番を押したが『発信できません』と音声が告げる。
相手は弓を持っているとあきらが言っていた。白昼堂々、矢を射かけてくるとは常識では考えられないけれど、この人達の行動はすでに常識から外れている。
俺は目も見えないし、力も弱いけど、あきらの盾にはなれる。盾になるしか、もうできることが無い。
俺はスマートフォンをポケットにしまうと、片手であきらの腕を押さえるようにしてその体の前に出た。もう片手を横に広げて、周りに向かって声を張り上げた。
「やめてください! あきらは当主争いには関係ありません! こんなことに何の意味もありませんから!」
「友哉……」
あきらの不安そうな声が聞こえる。
「あきらは前に出るな」
「でも」
「相手のリーダーがどこにいるか分かるか?」
「……多分、友哉の正面」
俺は両手を後ろに回してあきらを庇い、もう一度正面に向かって声を上げた。
「お願いですから、こんなことはもうやめてください! あきらは……」
その時、何の前触れもなく突然俺達の目の前にスタッと一匹の狼が降り立った。
銀色の美しい毛並みの、大きな狼。
「銀箭?!」
銀箭はいきなり俺の胸に首を突っ込んできてパカリと口を開いた。
「な、なに?」
「おい、離れろ!」
何か柔らかいものを俺の手に落とすと銀箭は俺から離れ、上を向いてウォーンと遠吠えを響かせた。
最初のコメントを投稿しよう!