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6-(1) 魔物祓いの女
俺の正体は妖狐だという。
狐のあやかしから生まれた半妖だという。
そう早苗が言っていた。雪華が言っていた。大賀見家の者どもが言っていた。
でも、俺は人間でいたかった。人間のふりをしていたかった。友哉がそばにいてくれれば、それだけで幸せだった。
それなのに。
「ごほ、ごほ……」
友哉がむせて涙を流しながら、スマートフォンを触って通報しようとしている。だが、圏外になってしまっているようだ。
この煙と弓の音は一種の結界みたいなもので、おそらく今この公園は外の世界とは断絶している。
ひばりはパンダのオブジェの中に隠れたが、不浄を祓おうとするこの空間の中では無事なのかどうか分からない。
周囲を囲んでいるのはざっとみて三十数人、揃いの白の法衣を着ているが霊力のある者は皆無だから安っぽいコスプレみたいだ。
弓を持つ者、松明のようなもので煙を出している者、数珠を掲げて声を上げる者。公園を囲んでいる奴らはすべて雑魚だ。煙も弓の音も数珠も、俺の前では煩わしい羽虫のようなものでしかないから、ひとりなら簡単に逃げられる。
だからこそ、今ここで狙われたんだろう。目の見えない友哉を連れて、行く手を阻む大人達の前を押し通るのは難しい。
「てん、ち、げん、みょう、ぎょう、じん……」
ひとりひとりはとても弱いけれど、その腕にはめられている数珠のようなもの、つまりひばりが言っていた光るブレスレットだけは本物の霊力があるようだった。
俺が目を見て微笑んでやっても、魅了されずに呪文を唱え続けている。
力の無い者が唱えるそれは意味のないひらがなの羅列でしかないけれど、その中でただひとりだけ声に強い霊力がこもっている者がいた。
「天・地・玄・妙・行・神・変・通・力・勝」
女だ。
二十代後半の作りものみたいに整った顔立ちの女が、黒髪をなびかせ、眼光鋭く、雄々しく足を開いて立っている。人差し指と中指を刀剣のように立て、文言に合わせて指で宙を切り裂く。その女のまわりだけ空気が震え、その女の声だけは意味を持った音として俺の体の中に重く響いて来る。
俺は理解した。力があるのはこの女だけで、この女さえ魅了で落としてしまえば勝負は終わる。
俺は女のアーモンド形の目をまっすぐに見つめた。口角を引き上げて、瞳に力を込め、魅力的に見える角度で魅力的に見える形に微笑んで見せる。
女は形のいい唇を釣り上げて見返してくる。
異性を強く惹き付ける俺の力を理解した上で、勝負を挑んできているのだ。
『俺を好きになってもいいよ』と俺が瞳で語れば、『魔物ごときに心を奪われるか』と女の瞳が返事をしてくる。
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