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6-(2) 妖狐顕現
音が出るような仕掛けがあるのか、矢はピョーと長く長く鳴りながら公園の外まで飛んで行った。
ジワリと舌先に甘い血の味が広がる。
「は……はは……」
女の乾いた笑い声が耳に届く。
カシャン、と女が弓を取り落としてその場に崩れた。
「……思っていたよりすごいな……」
そして、俺を見上げ、溜息と一緒に声を吐き出した。
「大妖狐、顕現……」
大妖狐、顕現。
俺は前足の爪で友哉の体を押さえ、その首元に牙を食い込ませていた。
友哉は暴れなかった。
逃げようともしなかった。
俺の姿は見えなくても、唸り声は聞こえたはずなのに。
「あきら……少し、痛い」
友哉の声が口のすぐ近くでして、俺はそろりと口を開いた。
牙を抜くと、ずるっと友哉の体が離れて地面に崩れる。
『友哉』
自分が発した声が、自分のものではないように遠くから聞こえた。
友哉の首元には牙の痕があり、そこから静かに血が流れ出てくる。
骨を噛み砕いて首ごと千切り取るつもりだったのに、出来なかった。
『俺、友哉を殺そうとした』
「大丈夫……生きているよ……」
安心させるように友哉は微笑んだが、大丈夫には見えない。傷は動脈からははずれたようだけど、体の弱い友哉にはかなりの重症だ。
『俺が、見える?』
俺は血の味のする唾液をこくっと飲み込んだ。
正体を暴かれた俺の異形の姿。
見て欲しいのか、見て欲しくないのか、自分でも分からない。
「見えない……」
『そっか……』
友哉が俺を探すように手を動かし、前足に触れて来た。
そして、いつも通りに優しい顔をする。
「ああ……あきらの髪と同じ手触りだな」
『それ、俺の前足だよ』
友哉は両手を前へ出した。
「もっと触ってもいいか」
『うん、もちろん……』
横たわる友哉の手が届くように顔をさげると、友哉は俺の太い首を撫で、とがった耳を撫で、突き出た顔を撫でた。
「ふふ、大きな口だ。狼なのか?」
『ううん、狐。俺のお母さんって狐のあやかしだったんだって』
「狐のあやかし……そうか。ずいぶん大きな狐だな。銀箭よりもっと大きい……」
友哉の声は穏やかだった。
異形の俺を前にしても、いつもと変りなく優しい顔をしていた。
それでも俺は聞かずにはいられない。
『……俺が、怖い?』
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