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友哉はふっと笑って、こぶしを突き出した。
「弟を怖がる兄がいるかよ」
「どうして!」
俺が前足をコツンとぶつける前に、女が叫んだ。
「どうして、化け物を受け入れるのだ! 倉橋友哉、君は騙されていたのだぞ! その狐は友のふりをして君の人生に入り込み、正体がばれそうになって殺そうとした。そこまでされてまだ兄弟などと、君は馬鹿者か!」
友哉が女の方へ顔を向ける。
「どうしてなのかと、俺も聞きたい。どうしてあなたのような人は、人に混じって平和に暮らしているものの正体を、わざわざ暴こうとするんですか?」
「は? そんなの決まっているではないか。間違って人間を殺してしまったら後味が悪いからだろう」
「相手が人間でなければ、あなたは殺すのをためらわないのか」
「そうだ!」
「どうして?」
「魔物はすべからく殲滅せねばならないのだ!」
女はそう言い放って弓を拾った。ためらいもなくそれに矢をつがえたが、ぎょっとしたように動きを止めた。
友哉がよろよろと立ち上がって、俺の前で両手を広げたからだ。
「どきなさい! 倉橋友哉!」
「どきません……。俺は、人間です……。俺を殺したら、後味が悪いですね」
『友哉!』
血を流したせいで顔色が蒼いのに、友哉は自分の体を盾にしようと踏ん張っている。
「あきらは、下がっていろ……。お前が人を襲ったら、相手に正当性を与えてしまう」
女は切なそうな目で友哉を見つめ、次に憎悪を込めて俺を睨んだ。
弓をガシャンと放り投げ、法衣のたもとからスマートフォンを取り出して何かを操作する。
「倉橋友哉にいいものを聞かせてあげよう」
唇を歪めて掲げたスマートフォンの画面に動画が再生される。
『ねぇ、分かってる? 俺の身代わりになって友哉が死にかけている。友哉が死んだら、この病院にいる人全員死んじゃうから。それから次に三乃峰の街へ出て、目があった人を全員自殺させるよ。何十人でも、何百人でも。その中にあんたらの大事な人が混じっていないといいけどね。俺、本気だよ。犠牲者を出したくなかったら、隠れていないでここに来なよ』
友哉が眉をしかめる。
「あきらの声か」
「そうだ。君が一乃峰において結界に付加された呪いで倒れた日、あきらはこの動画を拡散して数百人を病院へ呼び寄せ、化け物になって暴れてわざと集団パニックを引き起こした。それによって多数の死傷者が出ているのだ。その中に君の両親も含まれている」
『嘘だ!』
俺が吠えるように言ったが、友哉は固まったように動かない。
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