6-(3) 魔の穢れ

2/5
前へ
/370ページ
次へ
 女は乱れた法衣を引きずりながら、車の後部座席に近づいて来る。 「私に倉橋友哉を寄越しなさい。私にくれるというなら助けてやるぞ」 『友哉は俺のものだ。誰がお前なんかにやるものか』 「愚か者め! 状況が分かっていないようだな、倉橋友哉はこのま……」 「離れてくれ! 拝み屋にかまっている暇はない!」  雪華が乱暴に女を突き飛ばして、また運転席に向かう。 「そのままでは死ぬぞ!」  女が叫んだ。  ぎくりと雪華が足を止める。 「死ぬ?」 「大妖狐に噛まれたのだ。まずその穢れを祓わねば何をしても死ぬ。大賀見雪彦、お前も術者の端くれならそのくらい気付け!」 「なっ……!」  雪華が慌てて後部座席のドアを開いて友哉の様子を見ると、悔しそうな顔で女を振り返った。 「状況を理解したか、大賀見雪彦!」  どや顔で女が問いかける。 『なに? どういうこと? 友哉は?』 「かなり悪い……。あきら、なぜ友哉君を噛んだ」 『道連れにしようと思ったから』  正直に言うと、雪華は俺を睨んでから女に向き直った。 「あなたなら救えるのか」 「救える! この蓮杖ハルになら救える!」  女は断言して近づいて来る。  雪華は気圧されたように道を譲ったが、俺はその前に立ちふさがった。  女が不遜な顔で俺を見上げてくる。 「どきなさい、久豆葉あきら」 『お前に友哉は渡さない』 「倉橋友哉が死んでもか」 『たとえ死ぬとしても渡さない』 「あきら! 友哉君のためだ!」  雪華が横から俺の体にすがりついてくる。 『友哉は俺のものだよ。他の誰かに取られるくらいなら、頭からバリバリ噛み砕いて食べてやる』 「あきら! お願いだ!」 『お願いはこの女にしたら? おかしな交換条件を撤回しろって』  女が俺を見上げ、睨みつけてくる。 「ケダモノめが!」 『ケダモノだよ。だから、人間みたいな考え方はしない。俺は何があっても友哉を手放さない』  女はぎりっと唇を噛んだ。アーモンド形の目が俺と友哉の間を揺れ動き、切れた唇から血が垂れてくる。 「蓮杖さん、お願いだ。友哉君には何の罪もない。友哉君を助けてくれ」  雪華の哀れな声の懇願に、女は目を閉じて眉根を寄せる。  やがて、諦めたように大きく息を吐いた。 「分かった……」  女は姿勢を正し、俺に頭を下げた。 「私に倉橋友哉を寄越せという交換条件は撤回する。こんなにきれいな魂の持ち主をむざむざと死なせたくないのだ。頼む、私に彼を助けさせてくれ。倉橋友哉を救わせてくれ」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加