6-(3) 魔の穢れ

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 女の必死な様子は、俺の心の中にざわりと嫌な感情を呼び起こす。友哉をちゃんと知ると、みんな友哉を好きになる。佐藤も山田も友哉に魅かれていたからつい誘惑してしまったけれど、この女は俺の誘惑を跳ねのける力がある。  友哉に女を近づけたくない、でも。 『……うん、いいよ』  俺は女を睨みつつ、体を横へどかした。  女はホッとしたように息を吐くと急いで車へ駆け寄り、たもとから白い手拭いを出して友哉の首元を押さえた。  そしてすっと目を閉じる。 「布留部(ふるべ)由良由良(ゆらゆら)止布留部(とふるべ)……布留部(ふるべ)由良(ゆら)……」  ぞわぞわと寒気がして、俺は遮るように女の耳元で声を出した。 『なぁ、お前の使う呪文って、なんか色々とチャンポンだよね?』 「話しかけるな、気が散る」  女が呆れたように俺を振り仰いだ。  雪華が後ろから、女を擁護するように声を出した。 「以前にも言ったが、力のある術者が発すれば、マハリクマハリタでもテクマクマヤコンでも効力はあるんだ」 『なにそれ』 「なんでもいい。友哉君が危ない状態だというのに、なんで呪文がいちいち気になるんだ」  なんで?  なんでかな?  俺は友哉を見た。  ぐったりと力を失った体……血の気の失せた顔……今にも死にそうな俺の友哉。  もしも友哉が死んでしまったら、けして誰にも取られないように血の一滴も残さず食べてしまおう。友哉はきっと、その体も魂もとてつもなく美味しいはずだ。  そこまで考えて、俺は首を傾げる。 『友哉は……死なないよね……』 「死んでほしくないのなら邪魔をするな」 『うん……。死んでほしくなんか、ないよ……』  女はふーっと息を吐いた。 「では、無知な魔物に面白いものを見せてあげよう」  女は血を吸った手拭いをはずし、友哉の傷に直に手を置く。そして優しく歌うように唱えだした。 「痛いの、痛いの、飛んでいけ、遠い御山へ飛んでいけ」  子供向けのおまじないだ。俺も子供の頃、友哉にかけてもらったことがある。 「痛いの、痛いの、飛んでいけ、峰の向こうへ飛んでいけ」  びくん、と友哉の体が反応した。女の手が触れている首元のまわりの血管がじわりと黒く浮き出てくる。 「痛いの、痛いの、飛んでいけ、空の彼方へ飛んでいけ」  次第にその顔も腕もすべての血管が黒くなっていき、友哉の体内でざわざわと何かが騒ぎ始める。 『お前、何をしている』 「大丈夫だ、あきら。これは毒抜きだ」 『毒?』 「妖魔による(けが)れ、つまりお前自身の穢れが目に見える形に変化しているのだ」 『俺の穢れ? この黒いのが?』 「そうだ」
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