6-(3) 魔の穢れ

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 女は集中しているのか、俺達には見向きもしない。 「痛いの、痛いの、飛んでいけ、遠い御山へ飛んでいけ」  黒いものが徐々に女の手の方へ集まり始め、じわじわと女の手が黒く染まっていく。 「痛いの、痛いの、飛んでいけ、峰の向こうへ飛んでいけ、痛いの、痛いの、飛んでいけ、空の彼方へ飛んで行け、痛いの、痛いの、飛んでいけ、遠い御山へ……」  女が何度も何度も同じ言葉を繰り返すうちに、友哉の体から黒い色が消えていき、反対に女の手は真っ黒に染まっていった。  友哉の顔に血の気が戻り、呼吸も安定していくのが分かる。  女は顔をしかめてよろめくように友哉から離れ、黒くなった手を勢いよく空へ掲げた。 「痛いの痛いの飛んでいけ、空の彼方へ飛んでいけ!」  ズワーッと虫の大発生みたいに、黒いものが一斉に空へと広がっていく。女の黒髪がバサバサと揺れ、虫は不快な音を立てて騒ぎながらすごい勢いで散っていく。黒い虫の最後の一匹が完全に消え去るまで、女は空を睨んでいた。 「すごい……」  雪華が感嘆の声を出す。 「久豆葉あきら、おのれの穢れをその目で見てどうだ? 人とはけっして相容れぬものだと理解したか」 『だから、なに?』 「お前がどれだけ彼を傷付けたか、どれだけ穢したかを少しも考えないのか」 『友哉は全部許してくれるよ、友哉は俺のことが大好きだから』 「お前、どこまで……!」  女が罵詈雑言を浴びせようと歯をむき出した時、車の中から小さな声が聞こえた。 「あきら」  ぶわんと尻の後ろで何かが揺れ、俺は自分がしっぽを振ったのだと気付いた。嬉しくてたまらなくて、太いしっぽがぶんぶんと動いてしまう。狐というより犬みたいだ。 『友哉!』  友哉は車の中で半身を起こし、自分がどこにいるのか確かめるように周囲に手を伸ばしている。 『友哉、友哉! 俺はここだよ!』  俺が顔を突っ込むと、友哉はパッと笑顔になって両手で優しく撫でて来た。 「あきら、良かった。無事か? 怪我は?」  あきら、良かった。無事か。怪我は。  その瞬間に、俺は溶けた。  頭のてっぺんからシッポの先まで全身が溶けて、消えて、なくなってしまった。 ―― あきら、良かった。無事か。怪我は ――  自分が死にかけたくせに。俺に殺されかけたくせに。いつでも友哉が一番に気にするのは、俺のことで。俺に向けてくるのはどこまでも嘘のない愛情で。 「友哉……」  溶けて無くなった体が再構築されて、俺は友哉の前に立っていた。  何が起こったのかとっさに理解できず、呆然としてしまう。 「あ……戻った、のか?」  友哉が驚いたように俺の顔をなぞる。  まるで魔法が解けたみたいに、俺は人間の姿に戻っていた。
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