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6-(4) 揺り戻し
御前市と三乃峰市はほぼ大賀見の勢力圏なので、雪華はさらに離れた根古谷市の病院へ友哉を運び込んだ。
病院に着くまで、いや、病院に着いてもまだ俺は泣き止むことが出来なかった。友哉が処置室に運ばれ、その扉の前で貼り付くようにして待っていた時も、友哉が傷口を縫われて輸血を受けたと聞かされた時も、眠っている友哉を雪華が金に物を言わせて特別室に運ばせてからも、ただひたすらに泣き続けていた。
どのくらい時間が経ったのか、外は薄暗くなり、虫の音が鳴り始めている。
「揺り戻しだな」
図々しくも関係者面して付き添っていた女は、泣き続ける俺を見てぼそりと言った。
「揺り戻し?」
雪華が聞き返す。
俺はベッドの横に置かれた椅子に座り、友哉の手を握ったままでまだ嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「妖狐の姿の時は心もほぼ魔物だった。人間の姿に戻って、心も人間寄りに戻った。反動があまりに大きくて、心が追いつかないのだろう」
妖狐でいる間は、やけに冷静だった。
友哉を大好きな気持ちは同じだったけど、好きの形が違っていた。あのまま友哉が死んだら躊躇なくその体を食べていたと思う。獣の俺は、好きな相手を食べることに何の疑問も抱いていなかった。
「まぁ、生きている半妖をじっくり見たのは初めてだから、憶測だがな」
「蓮杖さんは、死んだ半妖ならじっくり見たことはあるのか」
雪華が少し怯えたように聞いている。
「ああ、何匹か退治した時に見た。魔物は死んだら体ごと消えるが、半妖は死体が残るからな」
「死体が……。それは魔物の姿なのか、それとも人の」
「ほとんどは人の姿に戻ったな……。ああ、そんなに怖がらなくていい。今まで純粋な人間はひとりも殺していない。私は祓い屋であって、呪い屋ではないからな」
「は、はぁ……」
雪華は途惑った声を出した。
狼の魔物を使役する憑き物筋の大賀見家にとっては、本来は祓い屋も敵なのだ。
「なぁ、お前」
しゃくりあげながら呼ぶと、女はトコトコと寄って来た。
「私は蓮杖ハルだ、久豆葉あきら」
と、テーブルにあったティッシュの箱をぽんと寄越してくる。
「術者が本名を名乗っていいのか」
ティッシュで涙と鼻水を拭いてから問うと、ハルはうなずいた。
「本名ではないからかまわない」
俺はさらに三枚ティッシュを取って、俺の涙でベトベトになってしまった友哉の手を拭きながら質問してみた。
「ハルを雇って俺達を襲わせたのは誰?」
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