6-(4) 揺り戻し

7/9

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
 ハルが眉をひそめたので、俺も集中して見てみると、吉野に憑いている小鬼に似た小さな何かが無数に窓に貼り付いているのが分かった。  天井のライトが明るくなったり暗くなったりし始めて、ミシミシ、ミシミシと病室全体が鳴り始める。 「んん……」  友哉が小さく声を出した。 「倉橋友哉にはまだ休養が必要だ。私が結界をはろう」 「ありがたいが、そうするとあきらが弾かれてしまう」 「ああ、そうだった、こいつはケダモノだからな」  舌打ちしてちらりとハルが冷たい視線を寄越す。 「久豆葉あきら、少しくらい外に出ていればよいのではないか」 「嫌だ、俺は友哉のそばにいる」 「蓮杖さん、友哉君が目を覚ました時にあきらがいないと心配する」 「ふん、それもそうか。では仕方がない。私が外で少し祓ってこよう」 「いや、その必要は無い」  雪華がハルを片手で止め、叢雲と碧空を呼んだ。  滲むように現れた銀色の立派な狼に、ハルが瞬きをする。 「少し食事をしておいで」  雪華のささやきに反応して、叢雲と碧空がぴょんぴょんと楽しげに跳ねながら駆けていく。 「(おぼろ)磯良(いそら)、アレス、ご飯だよー」  俺が呼んだ三匹も、叢雲たちを追いかけて嬉しそうに走って行った。 「ほほう、大賀見家の式狼か。間近で見ると美しいな。だが、以前に秩父で見た神の眷属たる山犬とはだいぶ(おもむき)が違うようだ」 「この国における狼のあやかしはほぼすべてニホンオオカミだからな」 「大賀見家では違うと?」 「ああ、大賀見の狼は西方から来たという伝承が残っている」 「西方から?」 「ああ、西方だ」 「そうか、西方からか……」 「西方からだ」  ハルが首を傾げたが、俺も最初に聞いた時は同じことを思った。  西方ってどこだよって。  狼が低級霊とかいう奴を次々と食べていくことで、あたりは徐々に静かになっていく。 「式狼とは便利だな。私にも一匹譲ってはくれないか? それ相応の礼はする」  雪華が首を振った。 「大賀見の血を引いていないと契約できないのだ」 「そうか、憑き物筋の血筋か」 「そもそもは大賀見家の祖先が、西方にて狼の魔物を屈服させて従えたことが始まりらしい」 「西方……」  ハルがまた微妙な顔をするのを見て、雪華は苦笑する。 「私はヨーロッパのどこかだと思っているが、祖先の大賀見戌孝(おおがみもりたか)については『西方より来たる』としか伝えられていない」 「はは、おおざっぱで、しかも怪しい話だ」 「来歴がどうであれ、外から嫁いできた者や血の薄いものは契約出来ないのは事実だ」 「そうか、それは残念だ」  心底残念そうにするハルに、ふと思いついたように雪華が言った。 「ああ。蓮杖さんが大賀見の誰かと結婚して子供を作れば、その子供は契約できるが」 「そんなことのために結婚はしない。そもそも一生処女を貫く決意だ。霊力を守るために」 「なぜそこまでして霊力を守る? お兄さんや教団のためか?」 「違う、私自身のためだ。こんな力を持って生まれたことは、何か意味があると思いたいのだ。だから私は人生の終わりまで、世のため人のためにこの力を使うつもりなのだ」  世のため人のためなどという御大層な理想を、臆面もなく豪語する奴を初めて見た。 「なぁ、ハル。ハルは友哉の目を治せる?」
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加