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「倉橋友哉が倉橋友哉でなくなってもいいのなら、何とでもできるが」
「なにそれ」
「魂の傷を他の魂で埋める禁術だ。まず数十人分の魂が必要になるし、成功したとしても確実に人格が変わってしまう」
「友哉が友哉じゃなかったら、何の意味もないじゃん」
「もちろんそうだ」
「はぁ、じゃぁもういいよ」
その時、視界に銀色の影が差した。
雪華がハッと立ち上がり、ハルが指を刀剣の形に構える。
俺はぽそりとその名前を呼んだ。
「銀箭」
叢雲や碧空より大きな体躯をのっそりと近づけてきながら、銀箭は何か言いたそうに俺を見てくる。
「久豆葉あきらの狼か」
「ううん、今は誰のものでもない狼だよ」
公園でも見たはずだけど、ハルは一匹一匹の狼の区別がつかないらしい。
「銀箭、公園では助かったよ。今までお前が何をしたいのかよく分からなかったけど、友哉につきまとっていたのは助けるためだったってことなのか?」
銀箭はソファの上に積み上げられた俺のリュックや、血の付いた友哉の服などを鼻で探り、その中から破れたシャツを引っ張り出した。
「えっと、これが何?」
受け取ると、やはり鼻先でシャツを嗅いでいる。
「えっとポケットか? なんか入っているな……ハンカチ?」
ハンカチを取り出すと銀箭がさらに鼻でつついて来るので、折り畳まれたそれを開いてみた。そこにあったのはギザギザの切り口に血が付いたままの小さな肌色の欠片だった。
「うわ、なにこれ」
「どうした」
驚く俺を横から覗き、ハルと雪華がゴクリとつばを飲む。
「これは、人肉か」
「人間の耳だ」
「え、これ、耳?」
改めてちゃんと見ると、複雑な形で縁が少し丸まっている形は確かに耳だ。その耳から、かすかに甘い香りがする。顔を近づけると、それは俺のよく知っている匂いだった。
「友哉の、だ」
公園で銀箭が友哉に顔を押し付けた時、これを渡していたらしい。友哉がとっさにハンカチに包んだんだろう。
「友哉君の? 間違いないのか」
「うん、友哉の匂いがする。きっとあの日銀箭に食いちぎられた右耳だよ」
言いながら友哉の髪をかきあげて、切り口が盛り上がるように歪んだ右耳を見せる。
「なんと、痛々しいな……」
ハルが友哉の顔に手を伸ばしたので、俺はそれをパシッと払った
「俺のものに触るな」
「倉橋友哉は誰のものでもないだろう」
「俺のものだよ。友哉の体にはもっとたくさんの傷跡が残っているんだ。それは全部俺を庇ってついた傷なんだから。俺を愛している証拠だよ」
「そういうことを自慢のように言うな、ケダモノめ」
「そんなケダモノでも友哉は愛してくれる。ハルは羨ましいだけだろ」
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