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俺達が睨み合っている中、雪華がそろりと銀箭に近づいた。
もう主従のつながりは切れているけど、雪華にとっては長年共に過ごした大事な狼だ。
「銀箭……まさか友哉君にこれを返したくて何度も姿を見せていたのか」
銀箭は返事の代りに雪華にすり寄ると、また俺の方へ来てハンカチを持っている腕を鼻先で押してきた。これを友哉に返せと言うように。
バカだな。
そう思った。
人間の体は一度ちぎれてしまうと、もうくっつかないのに。
でもそれを告げるのは何だか悲しい気がして、俺は違うことを声に出した。
「銀箭も、友哉が好き?」
銀箭のシッポがぶわんと揺れた。
「そっか。じゃぁ、お前も友哉を守ってくれよ。友哉は変な奴らに狙われやすいんだ」
銀箭はもう一度ぶわんとシッポを振ると、ターンと高く飛んで走り出した。他の狼と一緒に、この病室に群がってくる悪いものを食べるつもりなんだろう。
「あれは、倉橋友哉に魅かれているのだろうな」
「銀箭は私の式狼だったが、呪詛返しにあった時に血の契約が切れたんだ。本来、自由になった狼は西方へ帰ると言われている。今までにも、引き継ぐ者の無いまま主が死んでしまった場合など、契約の切れた狼は二度とその姿を現さなかったのだが……。まさか銀箭が大賀見の血を引いていない友哉君にこれほど情を寄せるとは」
「ああ……それだけ倉橋友哉が特別なのだな」
友哉をちゃんと知ると、みんな友哉を好きになる。
俺も好きだ。すごく好きだ。
その優しそうな顔を見ているだけで、またじわりと涙がぶり返してきた。慌ててティッシュを取って、流れる雫を拭きとる。
「この耳、どうしよう」
「友哉君の耳は友哉君のものだ。目を覚ましたら聞いてみよう」
「うん」
俺はそれをまたハンカチに包み直して、自分の胸ポケットにしまった。
「今、何時?」
「5時17分だ」
「雪彦おじさん、友哉の親に明日お見舞いに来てくれるように連絡してくれる? あとミコッチと吉野部長にも、待ち合わせに行けなくてごめんって言っておいて」
「分かった」
俺は靴を脱いで、のそのそと友哉の寝ているベッドに上がった。
大きなベッドだから、十分なスペースはある。
「何をしているのだ、久豆葉あきら」
「泣きすぎて疲れたから寝る」
「ここでか?」
「うん、友哉にくっついて寝る」
「なんだと」
あきれ顔のハルを無視して、掛布団の上に体を伸ばして友哉に寄り添う。
友哉は血の匂いが少し薄らいで、今はあの清浄な匂いがしていた。
深呼吸して、目を閉じる。
目尻に溜まっていた涙がすーっと横へ流れた。
「おやすみ、友哉」
俺は友哉にぴったりとくっつくようにして眠りに落ちて行った。
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