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「きゃ、だれ?」
とかわいい声を出したのはひらひらのピンクのネグリジェを着たおばさんだった。
「あー、誠司のお母さん、初めまして」
初対面なので一応ぺこりと頭を下げると、おばさんはホラー映画でこれから殺されるモブ役者みたいに「んぎゃ!」と変な声を上げて腰を抜かした。
「お、おおお前は! く、久豆葉あきら!?」
「うん、そう、久豆葉あきら」
「なんで、なんで、なんでここに? け、けけけ警察……」
「あ、そうだよね。いちおー警察呼んだ方がいいかも? 人の仕業じゃないだろうけど」
俺が英司の死体を見下ろすと、その視線に誘導されたようにおばさんも死体を見て、そしてまたギャーッと叫んだ。
「んぎゃー、いやー! あなた、あなたー! 殺される―!」
「うるさ……」
「あああああ! ば、化け物ぉ! たーすけてー!」
怖すぎて立てなくなったみたいでおばさんは這うように旦那の方へ体を動かし、ハッと俺を見て今度は逃げるようにドアの方へ匍匐前進し、混乱しているのかまた旦那の方へ体を向ける。
「いやぁー! いやぁー! あなたー! いやぁー、死にたくない―!」
その間ずっと耳が痛くなるくらいのキンキン声で叫び続けるから、俺は頭が痛くなってきた。
「あのぉ、もうちょっとボリューム下げてくれない?」
「いやぁー! いーやー! 助けてぇ―!」
「ああもう黙れ!」
妖狐の力を込めて目を見ると、おばさんは全身がつったみたいにひくっと硬直した。大賀見の血が入っているからか、普通の人より少し力が効きにくい感じがする。
「はぁ、やっと黙った……。おばさん、こうなった原因に心当たりある?」
「き、きつねが。狐の血を引く久豆葉あきらが」
「あー、うん。これは俺がやったんじゃないから」
「狐が……ああ、予言は本当だった。きつねが……狐の子が大賀見を滅ぼすと」
「うん、そうだね。その予言も知っているけど、俺は」
「お、おたすけ、おたすけください。もう二度とあんなことはいたしません。どうか、どうか、ひらに、ひらに……」
おばさんはその場に土下座して、ぶるぶる震えながら祈り出した。
「お狐様、大妖狐様、どうか、どうかお慈悲を」
取り乱すばかりでうるさくて、ちょっと疲れてきたな。
「おばさん、俺の目を見て」
「は、はい」
「もっと奥まで、じっと見て」
「はい……奥まで……」
「そう、奥まで見て」
優しく微笑みながら目の奥を覗くと、おばさんは次第にトロンと溶けてきた。
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