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「ねぇ、おばさん。俺は英司を殺していないよ」
「はい、お狐様は殺していない……」
「生前、英司がやばい呪物とか禁術とかに手を出したとか、なんかそういう心当たりはないの?」
「心当たりはありません……夫は式狼を失って何も出来なくなりました。だからこそ『しあわせの愛のひかり教団』を頼ったのです」
英司がハルを雇ったことはこのおばさんも知っていたわけだ。いや、もしかしたらこのおばさんが英司を唆したのかもしれない。5歳の息子に式狼を与えちゃうくらい溺愛していたんだし。
「あのさ、誠司を殺したのも俺じゃないから。もうバカなことはしないようにね」
「はい、もうバカなことは致しません……」
この地域周辺は長い間、大賀見の家が実質支配してきた。だから、ここら辺一帯には狼の気配というか匂いが染みついていて一種のなわばりのようになっていると雪華に聞いたことがある。狼のなわばりに他の大型獣タイプの魔物が棲み付く可能性はかなり低いと思う。
となると、やっぱり英司の腹を食い破ったのは狼なのか? 大賀見家の中で狼はがしが済んでいないのは、もう当主の大賀見道孝しかいない。俺も雪華も英司を殺す気なんて無かったから、消去法で行くと当主が犯人ということになるけど。
「当主が英司を殺す可能性はある?」
「それは無いと思います……」
「どうして?」
「夫は当主に逆らったことがありません……」
「一度も?」
「はい、一度もありません」
「すごい忠誠心だね」
「当主に逆らうと、当主の命令で20匹以上の狼を差し向けられますので」
「ふーん」
それは俺が狼はがしを始める前の話だろう。今は俺が18匹、雪華が2匹、当主が3匹の狼を持っている状態だから、今の当主の力ではたった3匹しか動かせない。
あとほかに牙を持つ魔物というと……と考えて、友哉の近くにフリーの銀箭がいるのを思い出した。
まさか、銀箭がやったのか?
俺は自分の疑問に、自分で首を振った。昨夜はずっと病院のまわりで友哉を守っていたはずだし、銀箭が英司を殺す動機はない。
「大賀見英司がこんな殺され方をする理由は、本当に思い当たらないんだね」
「はい……こんなことが出来るのはお狐様しかおりません」
「でも、俺はやっていない」
「はい、お狐様はやっていない……」
もう一度近づいて英司の死体と幽霊を見たが、特に手掛かりのようなものは見つけられなかった。ただ、一瞬だけ懐かしいような匂いを感じた気がしたけど、血と臓器の嫌な臭いでそれはかき消えてしまった。
「結局、よく分からないな」
これ以上ここにいても収穫はなさそうだったので、俺は目がうつろになっているおばさんと、英司の死体と、英司の幽霊を置いて、さっさとその部屋から退散することにした。
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